とある休日の過ごし方

「よし、着いたー」


 そこそこ混み合った電車を降り、俺たちはホームに出た。ぞろぞろと電車から出てくる人を見て目的地は皆同じなんだと気づく。ホームを出ていく電車の中はさっきの半分程まで人が減っていた。


「そういえば、何か言うことないの?」

「ん? なんですか?」

「ほら」


 全身を見せるように、くるっと一回転する先輩。そうされれば、何を言わせたいのかさすがに分かる。


「似合ってますね」

「はい、よくできました」


 先輩はすごく満足そうだ。俺を見てニッコリと笑いかけてくる。

 人の流れに逆らわずに歩いていると、半ば無意識的にSモールの入り口まで来てしまった。


「先輩、ここに何しに来たんですか?」

「遊びに来たに決まってるじゃん。他に何かある?」

「服を買いにとか、映画を見にとかいろいろあるじゃないですか」

「じゃあ、そうする?」

「そんな無計画でいいんですか?」


 呆れていることが伝わるような言い方を選ぶ。先輩に意識の改善をしてもらうことはもう諦めているが。


「とりあえず、中を歩いてみよっか」


 先輩はさっさと歩き出した。一歩引いた位置について俺も歩く。


「ここ、よくない?」

「雑貨屋ですね」


 世界中の小物や髪飾りやらを集めた店のようだ。どちらかといえば女性向けだろうが、男性でも比較的入りやすそうな店だった。


「お邪魔しまーす」


 店に入る時、先輩がそんなことを言う。

 ツッコんでほしそうだったから一応言っておこう。


「何言ってるんですか」

「はい、合格」

「俺は今、何に受かったんでしょうね……」

「うーん、美浜検定5級ぐらいかな」

「いらないです。そんな資格」


 なんて会話をしながら、店内を物色していく。

 用途不明の品物や、どこの国の言葉かもわからないパッケージの食品など買いたいとは思えない物が多い。魔除けの置き物と書かれたポップが示す商品はそれ自体が魔物のような見た目をしていた。

 そんな店でも人気があるようで、客入りはそこそこあった。

 確かに、見ている分には面白い。先輩も楽しそうに商品を手に取っている。だけど売上はどうなんだろう。見ているだけで購入する人は少ないんじゃないだろうか。


「ねぇ、玲士くん」

「はい?」

「わっ!」

「っ……」


 先輩の方を向いた瞬間、目の前にムカデのおもちゃが飛び込んできた。


「今、びっくりしたでしょ」

「そりゃしますよ。急に虫が出てきたら」

「そうかな〜」


 手に持ったムカデのおもちゃを元の場所に戻しながら先輩は言った。

 改めて見ると、よくできたおもちゃだと思う。それらしい場所に置けば、本物に見えてしまうだろう。

 店の中をひと通り見て、俺たちは次の場所に移動することにした。次の場所、と言ってもどこに行くか決まっていないが。

 ふらふらとさまざまな店を見て歩く。一階と二階を三回ほど行ったり戻ったりして、俺と先輩は全国チェーンの喫茶店に落ち着いた。

 適当に飲み物を注文して店内の奥の方に座る。


「さて、これからどうしょっか?」

「先輩に任せます」

「うーん。その回答は不合格かなー」

「合格は目指してないんで」

「ふーん」


 先輩はつまらなそうに、注文したココアに口をつける。それから俺を見て微笑を浮かべた。

 ……嫌な予感がする。


「ねぇ、玲士くん」

「……なんですか」

「玲士くんは私のこと何て呼んでるっけ?」


 コーヒーを一口飲んで、どう返すか少し考えて、

「先輩は先輩です」

 結局、普通に答えることにした。


「でもさ、私達もうただの先輩後輩じゃないよね? 学校だって違うわけだし」

「でも、先輩は俺の一つ上なんですから先輩でいいでしょ」

「それでいいのかなー? 試しに深雪って呼んでみてよ」


 先輩は楽しそうにニコニコ笑っている。これは俺の反応を見て楽しんでいる顔だ。


「呼びませんよ、絶対」

「もー、そんなこと言ってー」


 分かりやすく頬を膨らませる先輩。芝居がかった表情がいちいちあざとい。


「なら、先輩は学校で何て呼ばれているんですか?」


 話題を逸らすための簡単な質問のつもりで言った。けれど、先輩の表情が一瞬だけ曇ったような気がした。


「……えーっと、美浜さん、かな」


 答えた先輩の表情はいつもと変わらない。それでも、一瞬だけ見せた先輩の顔は俺に奇妙な違和感を感じさせていた。

 二年振りに再会したあの時に感じた違和感が再び蘇ってきた感覚。


「そういえばさ、うちの高校の文化祭。……ちゃんと来てくれるの?」


 ゆっくりとココアを飲んで、先輩は尋ねてくる。今日聞かれるだろうことは予想していた。返答も一応用意してある。


「行きます。クラスメイトと」

「え、一人じゃないんだ」

「クラスで企画のアイデアを他校のものを参考にして考えたいってことで。俺ともう一人が行くことになりました」

「その仕事は立候補?」

「そんなわけないですよ」


 自分の意思ではないとはっきり伝えておく。これを言っておかなければ、先輩が嬉しそうにからかってくるに違いなかった。


「そっか……、玲士くん来てくれるんだ」


 独り言のように言う。……独り言にさせたのは俺が反応しなかったからだけど。

 カップに手を添えて机を見つめる先輩はどこか儚げで、二年前には見たことのない先輩だった。

 その様子が、俺の心を少しづつざわつかせる。先輩に対する不満みたいなものが高まっていくような、不快な感覚。


「よしっ、次行こう!」


 唐突に、先輩は残りのココアを一気に飲みきって席を立った。


「まだ残ってます」


 コーヒーカップを指さして言った。


「そんなのさっさと飲む! 早くしないと置いてくよ」

「……すぐ飲みますよ」


 渋々という体でそう言って、一息に飲み干す。そこまで多く残っていたわけではないから、簡単に飲みきれた。

 それを確認して先に店を出る先輩にさっきまでの違和感は感じられない。

 ……とりあえず、先輩について行こう。

 あの感覚は一度忘れることにして席を立って店を出る。


「じゃあ、どこ行こうか?」

「……そういうのは店の中で決めてください」

「とにかく歩こー。それで気になった店に入ればいいや」


 そうして、先輩と歩くうちにコーヒーの苦味なんて忘れてしまった。

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