休日が今週もやってくる

「もしもし、先輩ですか」

『もちろん、玲士くんの美浜先輩だよ』

「それ、自分で言ってて恥ずかしくないんですか」

『玲士くんは聞いてて恥ずかしいんだよね』

「そんなことないですよ」

『またまたー。誤魔化さなくても、先輩は全部分かってるから』

「それより、なんですか。あの着信の量は」

『話逸した』

「そういうのいいですから」

『はーい。電話したのは声が聞きたかったからだよ』

「……」

『今、ドキッとしたでしょ』

「……してないです」

『ふふっ。可愛いなぁ』

「俺で遊ぶのはやめてください。で、あのメールはどういうつもりですか」

『玲士くんは知りたがりさんだねー。メールのことは気にしないで。深い意味はないから』

「深い意味もないのにあんなにメール送ったんですか」

『悪い?』

「悪いです」

『おっ、即答。迷惑なのは分かってたよ』

「じゃあ、何で……」

『玲士くんに気づいてほしいから……かな』

「……もういいです。それより、用件は?」

『週末のこと。どこ行くか伝えてないと思って』

「日曜の十時に駅前ですよね」

『どこに行くか知りたくないの?』

「俺は先輩について行くだけですよ」

『日曜はSモールに行くから、そのつもりでね』

「わかりました。楽しみにしてます」

『本当に?』

「嘘です」

『あははっ。ま、いいや。じゃあね』

「はい、また」


 ◇◆◇◆


 駅前へ向かう道の途中、俺は先輩からの電話を思い出していた。

 今日は日曜日。先輩との約束がある日曜日である。

 今日までの三日間、俺はこの日をどうやり過ごすかを考えていた。放課後の時間がいつもより長かったのは考えごとをするにはちょうどよかった。

 長坂に距離を置かれてしまってから三日。俺と長坂に一切の会話はなかった。元々、彼女と会話する機会は放課後だけだったのだから、会わなくなればそうなってしまうのは当然とも思えた。

 長坂のこともどうにかしないといけない。

 けれど、まずは今日一日のことが優先だった。


「まだ来てない……」


 駅前に先輩の姿はない。設置されている時計は午前十時二分を示していた。

 楽しみにしていると勘違いされるのは癪だから約束の時間ぴったりを狙ったのだが……。


「お待たせー。待ったー?」


 ボーッと時計を眺めていると、そう声をかけられた。


「いえ、今来たところです」

「うんうん。模範解答だよ」


 先輩は頷きながら、満足そうに言う。


「本当はずっと前から待っててくれたんだよね」

「いや、そんなことはないです」

「そんなこと言ってー。玲士くんは健気だなー」

「……」


 美浜先輩、この状況でそのセリフを言うためにわざと遅れてきたんじゃないか……?

 先輩のことだからそれもありえそうで怖い。


「そろそろ行こっか。しゅっぱーつ」

「ちょ、先輩!?」


 先輩は自然な流れで俺の手をとって、改札に向かう。


「手、繋ぐの……いや?」


 わざとらしく上目遣いで先輩は言った。それに不覚にも心拍数が変わってしまう。


「今、ドキドキしてる……」

「……してないです」


 先輩は気づいているだろうけど、一応誤魔化しておく。またからかってくると思ったが先輩の反応は違っていた。

 先輩は首を横に振って、


「違うの……。ドキドキしてるのは私の方だよ」


 と言った。


 さらに心拍数が上がっていくのを自覚する。たぶん、顔も赤くなっている。

 何か言わなくては、と思うけど口は中々動かない。

 そうして、先輩と手を繋いだまま見つめ合うこと数秒。

 先輩がパッと手を離した。


「ふふっ。やっぱり面白いなー」

「……やめてくださいよ」


 なんとかそう言うのが精一杯だった。

 先輩の言動に驚きと緊張が隠しきれない。


「さ、行こ行こ」


 一人で先へ行ってしまう先輩。彼女は俺の反応を見て笑っているのか、それとも俺と同じように赤い顔をしているのか。前を歩く先輩がどんな表情をしているのかわからない。

 けど、それでいい気がした。

 今、先輩がこちらを向けば、俺が変な顔をしているのがバレるだろうから。

 もう少しだけ、先輩の後ろを歩こう。

 三歩後ろを歩いたまま、改札を抜け、ホームにたどり着いた。

 今日の目的地はここから五駅先にあるショッピングモール。近県で最大級の大きさを誇るSモールはこの辺りに住む人々のお出かけスポットになっている。行き先に困ったらとりあえずSモール、といった感じだ。

 ちなみに、SモールのSは運営会社の頭文字らしい。皆、エスモールと書いてスモールと呼んでいる。


「電車、来ないね」

「そうですね」


 電光掲示板は電車が一駅前に止まっていることを示していた。もうあと五分程は待つはず。

 それくらい経てば、心も落ち着いて普段通りに戻ると思われる。


「……」

「……」


 五分間、お互いに無言だった。

 ホームにもうすぐ電車が来ることを知らせる音声が流れ始める。


「やっときたねー。ずっと黙ってちゃもったいないよ」

「先輩には少し黙っていてほしいですけど」

「ん? 私何か悪いこと言ったかな?」

「悪いことっていうか……。さっきだって先輩――」


 言いかけて、駅前で先輩にされたことを思い出した。そこで俺の口は止まってしまう。会話の空白を埋めるように電車がホームに入ってきた。


「さ、乗ろっ?」

「――はい」


 言いかけた言葉はそのままにして、電車に乗り込む。

 また顔が赤くなったかもしれない。さっきのことを思い出すとまだ緊張してしまう。


 ――さっきだって先輩、手を繋いできたじゃないですか。


 そう言うのは、頭で考えるほど簡単ではなかった。

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