気が進まないこと

「相川、寝てたよな? そのせいで勝手に仕事を決められちゃってさ」


 竹内が俺の傍に寄ってきて言う。


「ほっとけ。生駒には後で言うつもりだよ」


 帰りのホームルームの前にある休憩時間。授業が終わった開放感からか、クラスは騒がしい。俺たちもそういった喧騒の一つになっているはずだ。


「でも、すごいよな、生駒さん。あの長坂さんを引っ張り出したんだから」

「何でだよ。迷惑なだけだろ」

「そうかなあ」


 クラスでも目立たない、周囲がそうさせてこなかった長坂に一瞬でも注目を集めさせたのは確かに生駒で、それは簡単にできることではないのかもしれない。

 けれど、長坂自身の意思はどうなのだろう。長坂が自分に注目を集めたいと思っているとは考えられなかった。


 クラスではとりとめのない会話がそこかしこで続いている。そんな中でも、携帯の着信音は俺の耳に届いた。


「……ん、今、携帯鳴った?」

「ああ、俺の」


 鞄からスマホを取り出す。その画面には、

『美浜先輩から不在着信がありました』

 というメッセージが表示されていた。


「例の先輩か?」

「まあ、そうだな」

「折り返さなくていいのか? 一応、先輩だろ」


 竹内は年上に失礼はないように、と思って言っているのだろう。学校の先輩後輩のシステムに従っているとも言える。


「大丈夫だろ。もうすぐホームルーム始まるしな」


 そう言った直後、担任が教室に入ってくる。


「席つけー。ホーム始めるぞー」

 という言葉を合図にクラスメイトたちは慌てて自席へ戻り始める。

 その動きに合わせるようにして、長坂が俺の席の前を横切った。目立たないようにこっそりと、俺の机に小さな紙を置く。

 いつもの連絡だろう。普段からこうして、放課後の予定を合わせている。

 そう思って、二つ折りにされた紙を開く。だが、そこに書かれた内容は普段のものとは違っていた。


『しばらく、会えない』


 簡潔にそう書かれた紙を見て、思わず、窓際後方にある長坂の席に振り返る。彼女は窓の外を見ていて、表情も何も分からなかった。


 担任の連絡は適当に聞き流し、放課後を待つ。

 放課後になれば、まずは生駒の元へ行こうと決める。

 長坂についてはしばらくそっとしておくことにした。彼女がそれを望むのなら、俺はそこに踏み込むべきではないと思う。


「起立……礼」


 毎日十回以上はする挨拶をして、今日の授業は終了した。「やっと終わった〜」や「これから部活だー」といったクラスメイトの呟きを耳に入れつつ、生駒の席へ移動する。

 人だったり鞄だったりが置かれていて、通りにくい机の間を進んでいく。


「レイくん? 顔が怖いよ」


 進む俺に詩乃はそう声をかけた。


「え? そうか?」

「うん。目つきがなんか……。何かあった?」


 詩乃は俺を心配するように言う。


「あー、いや。目が疲れてんだよ。黒板の字が見にくいんだ」


 嘘をついたことに明確な理由はない。ただ、なんとなく本当のことを言えなかっただけだ。

 生駒と話すのは苦手だ。極力、会話は短くしたい。そういった彼女を避けたい気持ちが顔に出ていたのだと思う。

 そこに後ろめたい気持ちがあるってわけでもないのに必要のない嘘をついてしまった。


「ふーん、そっか……」


 だが、今さら訂正するわけにもいかず、詩乃も納得したようだし、この嘘はそのままにしておくことにした。


「詩乃ー。ちょっと来てー」


 そのとき、廊下で女子の誰かが詩乃を呼んだ。違うクラスの人だろう。俺と面識はない。


「今行くー。……じゃ、レイくん」

「ああ」


 一応、詩乃の背中を見届けてから、俺は生駒の元へ。


「なぁ、生駒。ちょっといいか?」

「ん? ナンパ?」

「そんな訳ないだろ。さっきの話だよ」

「はいはい、文句なら聞いたげる。君の仕事を変えるつもりはないけど」


 この言い方。俺をからかっているような気がする。

 それがわかるから、俺は意味もなく強がってしまうのだ。


「別にいいよ、変えてもらわなくて。ただ、どうして長坂と一緒にしたのかだけ聞かせてくれ」


「んー。別に理由なんかないよ。たまたま、何の役割もなかったのが二人ってだっただけ。……もしかして、昨日のことがあったからだと思った? それはちょっと気にしすぎなんじゃないかなぁ?」


 生駒はこちらを覗き込むようにして、ニタニタと笑う。これは絶対に俺をからかっている。


「わかった。もういいよ」

「仕事はしっかりとやってねー」


 これ以上、生駒と会話する気になれず、早々に話を切り上げて自席へ戻る。

 仕事を変えてもらうつもりが、雑談をしただけになってしまった。正直、この役割は嫌だったが、強がる俺の口は仕事を受け入れていた。

 こうなれば、仕方がない。先輩の文化祭に行くしかないだろう。

 ……本音を言えば、この仕事を糸口にして長坂と話ができればいいなと考えていないこともない。


「でもなぁ……。これをどうするか……」


 だが、その前にやっておくことが一つあるのを思い出した。

 原因は、携帯の着信。

 俺が詩乃や生駒と話している間に先輩からは二十件のメールと電話があった。

 その量に引いている間にも、一つ着信が増える。

 そのメールを開くと、文章は書いていなかった。本文は絵文字一つだけ。

 まじか。電子メールでスタ連してくる人、初めてみた。

 そういうのは若者に人気のメッセージアプリでやっていただきたい。ちなみに、俺のスマホにも入ってはいる。追加したのは詩乃しかいないが。


 とにかく、何か送らなければこの大量着信は止まらないだろう。

 自分から話題を振るのは気が進まないがここは週末の話をするしかない。

 俺は電話帳から先輩の電話番号を探すことにした。

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