実行委員の目的は……

 放課後の密会をクラスメイトに見られた。


 こう書くといろいろと誤解を生みそうだが、要するに、俺と長坂が会っている教室にクラスの女子が入ってきたのだ。

 その女子というのは文化祭実行委員を務める生駒菜月。

 彼女はこちらを見て怪しい微笑みを向けている。怪しいと感じるのは、こちらに後ろめたい気持ちがあるからだろうけど。


「邪魔したね。また戻ってくるからゆっくりしてていいよー」


 生駒はそう言って教室を後にしようとする。


「ま、待て……!」

「ん?」


 呼び止めて、生駒が振り返ってから、何を言えばいいのか分かっていないことに気づいた。

 この状況を誤解させないように彼女に伝えるにはどうすればいい?

 事実を言ったとき、長坂はどうするんだ? 自分がヒロインを作っていること、それを俺の嫁にさせようとしていることは彼女には知られたくないんじゃないか。

 もし、彼女を騙すとしても、この状況に適した嘘が見当たらない。

 俺は生駒を呼び止めて、何を言うつもりだったんだろう。


 数秒の沈黙の後、

「何かな? あたしに言いたいことでもある?」

 怪しい微笑みのまま、彼女は言った。


「あ……いや」


 何か言おうと口を開くも、漏れるのは意味のない音だけだ。

 そうして、言い淀む俺の横を何かが駆け抜けていった。


「……っ。長坂!」


 長坂は逃げるように教室から出ていく。

 ガタンという大きな音を立てて教室の扉が閉められた。


「……」

「……追いかけてあげたら?」


 動かない俺に生駒は怪しい微笑みを崩さず言う。


「やめろよ。俺達はそういう関係じゃないんだ」

「いいの? ほんとに?」

「……今あったことは忘れてくれないか」


 俺はあえてゆっくりと教室を出る。長坂を意識していると彼女に思わせないために。


「ふうん。……相川君ってそういうことしちゃうんだ」


 扉を閉める直前、生駒にそんなことを言われる。その言葉は妙に俺の耳に残り続けていた。


 昇降口まで歩いたところで靴を履き替える。

 長坂の靴はもうなかった。

 さて、帰るか――、と足を踏み出した瞬間、ポケットに入れたスマホが震えた。


「誰だ……?」


 俺にメールを送ってくる人物。心当たりは一人だけだ。できれば違っていてほしいが、案の定、メールは美浜先輩からだった。


『週末は予定ある? ないならちょっと付き合って! 返信は早めにね』


 文面を読んで、俺は文化祭のメールに返事をしていないことを思い出した。

 なんて返そうか……。


 少し考えて、『わかりました』とだけ返信することにした。


「あっれー。相川君じゃん。まだいたの?」


 スマホをしまって、学校を出ようとしたところで後ろから生駒に声をかけられた。


「なんだよ? いたら悪いか?」


 言い方が普段よりきつくなってしまったのは、教室であったことが原因だろう。

 しかし、生駒は気にした様子もなく俺に話しかける。


「全然。てっきり、長坂さんを追いかけたのかと思ったから」

「そういうのじゃないって言っただろ。単純にスマホを触っていたら時間が経っただけだ」

「ふーん。誰からのメッセージ?」

「……俺はメールしてたなんて言ってないけど」

「それくらいわかるよ。女子高生ナメたらまずいよー」

「そうか……じゃ」


 別れの挨拶は適当にして、昇降口を出て、いつもより早足で校門を通り抜ける。

 ……苦手だ。生駒と会話をしてそう思った。何が俺にそう思わせるのかはわからないが、とにかく、彼女といるとやりづらい。自分のペースが掴めなくなるような感覚。自分の言いたいことが上手く伝えられない。

 そんなことを考えながら歩いていると、再びスマホが振動した。

 先輩からの返信だった。

『じゃあ、日曜は十時に駅前集合ね。おんぷ』

 ……また、記号をわざわざ文字で表している。それよりも、勝手に予定を決められてしまった。俺は『行く』とは言ってないのだが……。

 仕方がないから、もう一度『わかりました』と送っておいてスマホの電源を切る。


 長い赤信号を待つ間、美浜先輩と生駒は少し似ているかもしれないと、ふと思った。


 ◇◆◇◆


「という事で、他高文化祭へ偵察に行ってもらうのは相川君と長坂さんで決定です」


 ……どういうことだ? 一体、どうなっているんだ?


 文化祭の企画を話し合っていたホームルーム。アイデア出しが止まらず、話し合いが進まなくなったところで眠気が襲い、居眠りすること数十分。気づけば、仕事が与えられていた。


「二人はどの仕事にも立候補しなかったからね。余った役職で頑張ってください」


 教壇に立つ、文化祭実行委員がそんなことを言う。


「待て、生駒。文化祭の偵察って何だよ? そんな仕事いるか?」

「大事な仕事だよ。企画大賞を取るためにもいろんな所からアイデアを盗まなきゃ」


 企画大賞とはうちの高校の文化祭の特徴の一つで、全クラスの企画の中で最も優れている企画に与えられる賞だ。全校生徒と教員、一般の来場者からの投票で優秀な企画が決まる。

 それを狙うのはいいが、何故俺が他校の文化祭に行かなくてはならないのか。


「とりあえず、今日決めたいことは全部決まったので、第一回企画会議は終了します」


 生駒のその発言を機に、クラスはどっとざわめき始める。

 俺と長坂をくっつけた生駒の真意も気になるが、何より、美浜先輩の高校の文化祭に行かなくてはならない理由ができたことが俺の頭を悩ませた。

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