携帯が少し重い

 一人になると、つい余計なことを考えてしまう。すっかり暗くなった帰り道で思い出したくもない過去のことを思い出してしまった。


 三年前、俺は美浜先輩の後ろをついて行っていた。追っかけをしていたのだ。

 先輩が吹奏楽をやれば、自分も楽器に触ってみたり、先輩が将棋をやれば、自分も大会に参加したりした。

 先輩ほどアクティブに動いたわけではない。部活はずっとサッカー部だったし、教師に目をつけられる程分かりやすく動きはしなかった。


 だが、詩乃は分かっていたようだった。後から詩乃に聞くと、

「あー、あの時のレイくんすごかったよね。手当たり次第に色々やってたっていうか。見つからない探し物をしてるみたいだった」

 なんて言われた。


 美浜先輩の追っかけは先輩が卒業するまで続き、先輩と会わなくなって、ようやく俺は彼女に依存していたことに気づいたのだった。


 それからの二年は、先輩を忘れるための二年だったように思う。先輩の真似をやめ、自分のやりたいようにやろうと決めたのだ。

 二年の間、自分と向き合ったおかげで自分自身を見直すことができたはずだ。


 それなのに、先輩と再会した俺は、無意識に以前のように振る舞おうとした。それが、どうしても気に入らない。


「あーぁ!」

 やりきれない思いは意味のない言葉を発して吐き出す。ちょうどその時に、後ろから自転車が通り過ぎて行った。


 思わず、手で口を押さえたが、効果はないに決まっている。なんだか恥ずかしくなって視線を上に上げた。


 ……今の人、俺を見て絶対笑ってる。顔に出さずとも、心の中で「あいつ変な奴だな」くらいは思ったはずだ。


 ザクッ。

 っっ……。びっくりした……。ビニール袋を踏んだだけか。上を見て歩いていたから分からなかった。


「なんか、散々な一日だったな」


 一日を振り返るにはまだ早いような気もするがいいだろう。どうせ、帰ったらご飯食べて、風呂入って、寝るだけだ。


 宿題をやっていないことに気づいたのは、翌朝のことだった。


 ◇◆◇◆


「ほんと、危なかったー」

「宿題はちゃんとやってこいよ。学校に来てからが大変になるからな」

「善処はする」

「ほんとにー? レイくんは口だけだからなー」

「今回は間に合ったからいいだろ」


 先輩と再会した翌日の放課後。いつものように俺と竹内と詩乃の三人で教室を出て世間話をしていた。こうして長坂を待つのもちょっとした日常だ。

 授業がある間は先輩について誰も触れることはなかったが、やはり気になるんだろう。放課後になって、詩乃は

「……ところでさ、先輩と連絡取った?」

 と聞いてきた。


「ん、あー。連絡先は交換したよ。少しやり取りもしたし」

「そっか……。どんな感じだった?」


 主語は無いが、先輩のことを聞いているのは分かる。俺は少々考えて、

「あー。先輩、変わってなかったよ。昔のままだった」

 本心とは若干ズレたことを言った。


 昨日のモヤモヤは忘れてない。けれど、先輩のどこが以前と違うのかはっきりと分からなかったのだ。


「ふーん。そっか」


 詩乃はそれだけ言って、話題を変える。


「そういえばさ、明日、文化祭の企画を考えるんだよね?」

「そうだった。何するか考えてる?」

「うーん。まだ」


 詩乃と竹内は二人で話している中、俺は先輩に誘われた文化祭について考えていた。


 昨日、先輩と別れたあとメールが届いた。そこに書かれていたのは日時と高校の地図。そして、こんな一文だった。


『二日間あるからどっちの日に来るか教えて。ついでに、誰と来るかも教えてね。あ、二日とも来てもいいんだよ。ハート』


 わざわざ、♡を文字で表さなくてもいいと思う。初めに浮かんだのはそんな感想で、次に、どう返信するべきか考えた。


 正直、先輩の文化祭には行きたいわけじゃない。けれど、行かないという選択を選ぶことが中々できないのだ。

 二年振りに再会した先輩。自分の知らない彼女の二年間が少しだけ気になる。せっかく再会できたのだから、関わりを持たなくては……という思いがあった。

 反面、先輩に会うと昔の自分を思い出してしまって平静じゃいられない気もする。

 行くべきか行かないべきか迷った結果、メールの返信は未だできずにいる。


 ポケットに入っているスマホは気持ちの分だけ普段より重く感じた。


「……でも、実行委員の生駒さんも気合い充分って感じだし、いい文化祭になるといいなぁ」

「だね。明日が楽しみだ」


 二人はうちの高校の文化祭について話し合う。


「うん。……わたし、そろそろ部活行くね」

「あ、俺もだわ。相川、また明日な」

「ああ、またな」

「レイくん、ボーッとしてたでしょ。しっかりしてよー」

「俺はしっかりしてるよ」

「ま、何かあったら言ってね。……バイバイ」


 二人はそれぞれ部活へ向かっていった。

 俺は教室に戻ることにするか……。さすがにもう、教室に人はいないだろうし。


「入るぞー」

 と言いながら、教室の扉を開く。


「……」


 長坂は上目遣いでこちらを見ていた。

 無言のまま、何か言ってくる様子もない。


「長坂、ヒロインがないのか?」


 もしや、と思って尋ねてみる。彼女がヒロインを用意していないというのなら、この時間まで待つ必要はなかった気がする。それに、ヒロインが作れていないときはメモ用紙にその旨を書いて俺の机に置いておくはずだ。


「ごめん、なさい……。今日は連絡を…忘れてしまったの……。相川君に伝えられなくって……」

「……それで、ずっと待っていたのか」


 連絡できないまま放課後になってしまったから、ヒロインが用意できていない状態でこの時間まで待ってしまったのだ。

 これはお互いの確認ミスだろう。


「あ、の……、だか、ら、連絡先…教えて欲しいの……」

「……確かに、な」


 長坂はいつもよりもさらにか細い声で言った。

 確かに、連絡先を交換できれば、これからの連絡は楽になるだろう。

 俺はポケットに手を入れて携帯を取り出そうとして、


「わーすれもの、忘れもの〜」


 という声と共に扉が開く音を聞いた。


「んな……」

「……っ」


 俺と長坂は驚きで固まってしまう。

 まさかこんな時間に教室に戻ってくる奴がいるとは思わなかった。


「あれ? 相川くんと長坂さん……? あ、もしかして、邪魔しちゃった?」


 こちらに気づいて、話しかけてくる生駒いこま菜月なつきに、俺はまともな返答を言うことができなかった。

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