唐突な再会
「先輩……」
「そうだよー。先輩だよー。ちゃんと覚えてくれてた?」
「……できれば、忘れていたかったですけど」
「およよ。ひどいこと言うなぁ、玲士くんは」
先輩は俺をからかうように言う。
俺は二年前と同じように話せているだろうか。先輩の進学と同時に会うこともなくなり、もう会うことはないと思っていた。
「何で、ここに来たんですか」
「玲士くんに会いたかったからに決まってるじゃん。他の理由があると思った?」
「わざわざ来なくてもいいのに。別に今日じゃなくても……」
「そんなこと言わないのっ」
びしっと人差し指を突き出して言い放つ美浜先輩。言動がいちいち芝居がかっている。
「……それ、そんなに可愛くないです」
「えっ、それは褒めすぎだよ〜」
はぁー、とため息をつくのは心の中だけにしておいた。実際にすれば、また何か言われるような気がする。
「で、何のために俺に会いに来たんですか?」
「玲士くんと遊びたいからだよ」
「……今からですか?」
太陽はもう見えていない。日は長くなり始めているとはいえ、辺りは薄暗い。教室に誰もいない時間まで待っていれば、自然とこうなる。
さすがに、これから遊ぶのは無理だと思いたい。
「ま、今日はいいかな。取り敢えずIDだけ貰おっか。携帯出して」
ほら、と先輩は手のひらをこちらに向ける。
一瞬、携帯を忘れたことにしようかと思ったが、やめた。どうせ、先輩にはそんな嘘すぐにバレる。
「はい、携帯です」
「ありがと。…………ロック解除してよぉ」
「頑張ってください」
「ええー」
パスワードは解除しない。これで先輩が諦めてくれればいいが……。三回間違えれば、ペナルティが発動するようになっている。二回でロックを解除出来るとは思えないし、思いたくない。
「あ、開いた」
「……まじか」
「ふふっ、暗証番号が誕生日なんて、玲士くんは不用心だなぁ」
「はぁー、そうですか」
俺はこの先輩の能力を甘く見ていたようだ。
二年前と変わらず、先輩は俺の想像を簡単に超えてくる。これには思わずため息をつくしかなかった。
「何で先輩は俺の誕生日を知ってるんです?」
「んー。玲士くんの心を読んだから?」
「……適当なこと言わないでください」
「あはは」
先輩は軽く笑って、俺の携帯をいじり出した。誕生日の件は流されたようだ。
全くこの先輩は……。
「へー。玲士くん友達増えたんだ」
「そりゃ、増えるでしょう。高校入って初対面の人がたくさんいるわけだし」
「ま、そうだよね」
しれっと、俺の電話帳を確認していることには触れない。見られて困るような関係性の人など、携帯の中にはいないから別に構わないし。
先輩はポチポチと携帯にIDを打ち込んで――ボタンじゃないからポチポチはおかしいかもしれないが――ひと通り設定を終えた。
「ほい、返す」
「……勝手に待ち受け変えないでください」
「ごめんごめん」
本当に、自由な人だと思う。ただ、それができるだけのポテンシャルを彼女は持っているのだ。先輩には出来ないことなんてないんじゃないかと時々考えてしまう。
「で、先輩はそれだけのために今日来たんですか?」
日も沈んできて、いい加減帰りたくなってきた。このままだと、宿題が終わらないかもしれない。……朝やればいいか、とも思うけど。
「まあ、今日のところはいいかな。また今度ね。すぐに連絡するから」
「連絡は遅くていいですよ。なんなら、もうしなくても結構です」
「またまた、そんなこと言って〜。ツンツンしてるねー、玲士くん」
「どうせ先輩は俺の言う通りにしてくれませんから」
「よく分かってるじゃん。お姉さん嬉しいよー」
先輩はニコッと笑って、俺の頭に手を置いた。身長は俺の方が少し高いから、可笑しい光景ではあるけれど、ほんのちょっとだけ懐かしさを感じたりもする。
二年前はまだ、先輩の身長を超えていなかったはずだ。ここで、ようやく二年の月日の経過を実感する。
「あ、そうだ」
先輩は俺の頭から手を離して、
「うちの高校さ、もうすぐ文化祭なんだよね。玲士くんにも来てほしいな」
思い出したように言った。
「あー、考えておきます」
「それ、来ないやつじゃない?」
「……そんなことないですよ」
「うーん。その間が怪しいなぁ」
「はいはい、もう帰りましょう。早く帰りたいです」
俺は帰り道を歩き始める。先輩も後ろから追いかけてきた。
よく考えると、俺と先輩は同じ中学なのだから家のある方向は同じなのだ。なんだか、別れを告げるタイミングを間違えた気がする。
少しだけ、心地が悪かった。
「家は前と同じ?」
「はい。先輩は?」
「変わってないよ。ていうか、玲士くんって私の家知ってたっけ?」
「方角くらいならわかります。一緒に帰ったことありますよね」
「あー、そうだったね」
先輩は記憶を探るような様子を一瞬だけ見せた。俺はそれに奇妙な感覚を覚える。
今まで見てきた先輩とは違うような……。
人は変わる。二年も会っていなければ、過去とは違うところだってあるだろう。
だけど、俺は先輩の変化に自分でもなぜかわからないくらいに心が荒れていた。
「…………」
「……」
お互いに無言で歩く。俺は心がざわついて話しかける余裕がなかった。先輩の方が何も言わないのもきっと理由があるんだろう。
意識して思考を切り替える努力をしたおかげで別れ道に差し掛かる頃には、心のざわめきは落ち着いていた。
「それじゃあね。また連絡するから」
「はい、わかりましたよ」
俺の返事を聞いて、先輩は手を振り、笑って
「またね」
と言った。
「はい……」
後ろ姿を見せる先輩の笑顔は一度落ち着かせた俺の心を再びざわつかせた。
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