第二話
連絡先は知らなかった
「ねーねー、相川君はさ、どうして私に冷たいの?」
「そんなに冷たくしてるつもりはないですけど」
「んー、その対応がなんか冷たいんだよなぁ」
「気のせいです。俺は普通の対応してますよ」
「……わかった。そういうことにしといてあげる」
そう言って、彼女が見せる笑顔を俺は何故か忘れられないのだ。
◇◆◇◆
「なんで、今さら……」
夢を見ていた。中学の頃の夢なんて見るのは久しぶりだ。彼女のことは出来ることなら忘れていたい。思い出すと暗い記憶が蘇るから。
「起きろ! 八時だぞ」
変な物思いに耽っていると、別の部屋から声が聞こえてきた。
と、思ったら、
「ぐへぇっ!!」
腹部に強い衝撃が。
「起きろっつてんだろ!」
「うっせー! 言われなくても起きるわ!」
姉貴が部屋に特攻してきたのだ。この姉貴、朝になると俺を蹴らないと気が済まないのだ。
というのは冗談だが、毎朝のように俺を踏みつけてくるのは事実だった。
「はぁ、本当に起きるの?」
「毎朝毎朝、何気にしてんだよ。あんなことしなくても普通に起きるよ」
「……朝ご飯できてるから」
姉、美夢は素っ気なくそう言い残して、俺の部屋から出ていく。
この姉は時々、言動が理解不能になるのだ。
姉貴は早い時間に出ていく両親に代わって朝ご飯を作ってくれるのだが、俺が姉貴より早く起きると、不機嫌になって作ってくれない。
かと言って、起きないと蹴ってくるし。
全く、よく分からない。
「姉さん、おはよ」
「……ん」
俺の挨拶にも姉貴は素っ気ない。
ちなみに、姉のことを姉貴と呼ぶのは、心の中と、友達の前だけだ。家族には姉さんで通している。昔からの呼び方を変えるのは、なんか恥ずかしい。
「いただきます」
「ん」
姉貴は俺の合掌に満足そうに相槌をうち、向かい合うように座って、俺の食事を眺めている。こうやって朝を過ごすのは三年前から変わっていないが、どうも慣れなかった。
いつも通り、そそくさと朝食を口に運び、最後に野菜ジュースで流し込む。
「ごちそうさまでした。美味しかったよ」
「ん」
これも言わないと姉貴が不機嫌になるのだ。だから言っているというのも不誠実な気がするけれど。
鞄を持って玄関へ移動する。
「いってきまーす」
「ん……いってら」
大学生の姉貴は今日は講義の時間が遅いらしく、玄関まで来て俺を見送っていった。
「よし、行くか……」
小さく気合を入れて、高校へ向かう。
◇◆◇◆
「おはよ」
「ああ、おはよう」
竹内と毎朝の挨拶を交わして、俺は席についた。竹内は後ろの席に座った俺の方を振り返って、
「最近、どうよ? 休み明けで何か進展あったか?」
と、聞いてきた。
「何もないよ。連絡先を知らないから、会うこともなかったな」
「お前……。長坂さんと仲いいのに連絡先も知らないのか」
「まだ会って一ヶ月だ。そこまで積極的にはなれないよ」
週末を過ぎ、俺達は普段と変わらない会話をしていた。
春先の騒動は少しづつ過去の思い出となり、日常というものが実感できる日々を送れている。
「あ。おはよう、レイくん」
「詩乃、おはよう」
「おはよう、塩谷さん」
「う、うん。竹内君もおはよう」
詩乃は教室に入るなり、俺の席にやって来て挨拶した。
少し前はギクシャクしていた幼馴染との関係も今ではもう元通りだ。
詩乃が俺を見て数秒硬直する。
「……何か用か?」
「あ、いや。その……」
何か言おうとして言葉を濁す詩乃。このままでは気分がよくない。
「言えよ。別に何言われたって怒らないから」
「……うん」
頷くと、詩乃はいつもよりちょっとだけ低い声で、
「……今朝、先輩に会ったの」
と言った。
「先輩って……」
本当は聞かなくても誰か分かっている。
詩乃もそれは察しているようだった。
「うん、美浜先輩。通学路にあるコンビニの前でばったりとね」
「どんな話をしたんだ?」
「久しぶりだねーって話しして、最近、どうだとか、がんばってる? とか聞かれた。先輩の方も結構頑張ってるみたい」
「俺の話は……?」
「それなんだけどね――」
詩乃は制服のポケットに手を入れて、一枚の紙を取り出し、俺の机の上に置いた。
「――先輩の連絡先。レイくんに渡しといてって頼まれたの」
「……ああ、受け取るよ」
ここで受け取らないという選択はできない。詩乃に気を遣わせるわけにはいかなかった。
「大丈夫? 無理しなくても……」
「気にするなって。俺がなんとかするから」
「そう……。なら、いいけど……」
「そろそろ席ついた方がいいんじゃないか?始業まで時間ないぞ」
そう言って、心配する詩乃を遠ざける。
詩乃はこちらを気遣いながらも、自分の席へ戻って行った。
「……なあ、その美浜先輩ってどんな人なんだ?」
ここまで沈黙を保ってきた竹内が尋ねてきた。竹内とは中学が違うから、俺の先輩のことは知らないのだ。
ちなみに、中学時代、俺と詩乃と竹内は同じ塾に通っていた。
「何て言えばいいか――」
彼女のことを詳しく説明すると、余計なことを言ってしまいそうなので、俺は簡潔に言うことにする。
「――あの先輩は、文化部のエースだよ」
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