解説は彼女の前で

 部屋にある引き出しを開ける。

 竹内の家から帰って、まず俺は引き出しの底から『それ』を取り出した。ちなみに、例のゲームは一人攻略して終わった。

 一度見た『それ』を再び見返す。何度も何度も始めから見通して、俺の思考が整理されていく。

 そして、俺はある推測をした。


 ◇◆◇◆


 翌日、放課後。

 考え事をしていたら、いつの間にか放課後になっていた、という感覚。

 鞄を整理して一旦、教室を出る。後は教室から全員が出ていくのを待つだけ。普段、この時間は図書室に寄ったり、他クラスで遊んだり、鍵のかかっている屋上に上がる方法を考えたりしているが、今日はそうしない。


 一人になれる場所を見つけて、鞄を開ける。俺がそこから出したのは、今までに長坂から貰った資料。

 新しいものから一番古いもの(初めて会話した時の資料)まで、全てに目を通していたら、ちょうどいい時間になった。

 廊下を歩いて教室に戻る。教室には例によって長坂がいた。


「よう」

「こんにちは、相川君」


 長坂は優雅に言う。今日のキャラクターは清楚方面のようだった。


「今日も見てくれるかしら?」

 

 いつものように紙束を差し出す長坂。その渡し方もキャラによって少し違う。今回は、丁寧で上品さのある渡し方だった。

 俺は紙束を手に取って、


「見るよ。『嫁』にはしないけど」


 いつも以上に強い意志を込めて言った。

 その口調に長坂は何かを察したようだ。


「どうして? 何でそこまで頑ななの?」

「それは――」


 俺は鞄から『詩乃の資料』を出して、長坂に向ける。


「――お前のこと思い出したからだ」


 ビクッとその小さな体を震わせて、長坂は俯いてしまう。俺と目を合わせようとしない素の長坂。聞き取れないくらいの小声で俺に言う。


「い、いつから……?」

「昨日、竹内の家に行ったときに気づいた。お前、あのちっちゃい子だったんだな」


 俺と竹内のよく通ったゲームショップ。そこによくいた常連の女の子は長坂だった。竹内にヒントを貰って昨日ようやく気づいた。

 そして、


「このゲーム、買ったのお前だろ?」


 竹内の家でプレイした幼馴染がメインの恋愛ゲーム。以前、竹内と探したときに最後の一つを買って行ったのも長坂だ。


「……」


 長坂は無言で頷く。俺の肩にも届かないその背丈は中学生に見えてもおかしくない。


「俺だったのは、あの時のことが理由か?」


 昔、俺はあのゲームショップで年下の女の子の手伝いをしたことがあった。昨日まで思い出すこともなかったその記憶は、女の子の正体が長坂だったことで記憶から浮上した。


「……そう。あ、相川君には助けられたから……。私、相川君に…ち、近づきたいって思ったの……」

「だから、ゲームを買って、それを参考にして俺と詩乃の間に入った」


 長坂の言葉を補足すると、彼女は首を縦に振った。竹内とやったゲームの展開が、詩乃と仲直りしたときの状況と似ていたのは、そこが理由だろう。


「でも、長坂。どうして、自分のキャラを作ってまで俺と話がしたかったんだ?」


 そこが疑問だった。これも気づいたのは昨日だが、長坂のキャラはその日渡されたヒロインの設定と一致していたのだ。

 初めて渡されたヒロインは妙に男っぽい口調で話す女の子。 

 次に渡されたのは、お嬢様設定の丁寧な話し方をする女の子。

 その次は、口数の少ない女の子。

 その次も、その次も長坂とヒロインのキャラクターは一致していた。

 けれど『詩乃の資料』だけは違う。


「詩乃のときは、お前自身のキャラを作る余裕がなかったのか。詩乃のキャラはあいつのものだもんな」


 黙って頷く。これで、あの時の長坂が俺に素の性格を見せた訳が分かった。が、


「お前がそこまでして俺にヒロインを見せる理由は何なんだ?」


 そこが分からない。わざわざ、自分と自作のヒロインのキャラクターを重ねているのも不可解だった。


「……」


 長坂は答えなかった。というより、答えたくないように見える。


「教えてくれないか?」


 そう言って、数分は待った。長坂は大きく呼吸をして、


「……わ、私を相川君の『お嫁さん』にしてほしいから……」

「だから、俺は――」


 ――嫁を決めるつもりはない。

 そう言いかけて、止まった。

 今、長坂は何て言った? を嫁にしてほしい、と言った。

 

「……な、長坂?」


 言葉に困る。今のは長坂の言い間違いではないのか。


「……あ、相川君に私を決めてほしいの…」


 長坂は吹っ切れたのか、積極的だ。

 俺は冷静になって考える。

 長坂は俺に決めてほしいと言った。何を?『嫁』を決める? でも、それだと、私をという言葉が引っかかる。

 

「……もし、俺がこいつを『嫁』にするって言ったら、どうする?」


 長坂に見せたのは、俺が初めて渡されたヒロインの資料。


「……私が、この子に、なる…」

「お前のキャラクターがこれになるのか?」

「……そう」


 長坂は肯定した。

 つまり、長坂は俺に自分の性格を決めさせようとしていたのだ。


「俺が『嫁』にしたヒロインがお前の性格になるってことなら、尚更、俺は『嫁』を決められない」

「……どう、して…?」


 長坂は必死に尋ねる。覚悟を決めて自分の心中を語ったのだから、否定されたくないのだ。その気持ちはよく分かるが。


「俺は素の長坂の方が好感が持てるからだ」


 素直な気持ちを告げる。

 キャラを被っていない長坂を知るまで、俺は彼女のことが嫌いだった。その後、素の長坂を知ったときに感じたのは安心感だ。


「……」

「長坂、キャラを作るのはやめないか? 俺は素のお前を皆に知ってもらいたい」


 竹内や詩乃と会話する長坂は変なキャラを被らなくていいと思う。


「……わ、かった……でも」


 長坂は言葉を選ぶようにして、


「…これからも、ヒロインは…作る。だから、ちゃんと見て……」


 そう言われたら、俺の言葉は決まってる。


「ちゃんと見るよ。『嫁』にはしないけど」

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