ちょっとした真相

「お邪魔しまーす」

「さ、上がってくれ」


 放課後、俺は竹内の家を訪れた。


「はー。懐かしいな」

「中に上がったのは三ヶ月振りくらいかな」

「そんくらいだと思う」


 家に竹内の両親はいないみたいだった。

 正直に言えば、そっちの方がありがたい。

大人の前だと、思いっ切りはしゃげないというか、意識してしまって楽しめない感じがある。


「早速やる? 違うことしてもいいけど」


 竹内家の居間に通される。

 テレビの前に座って、俺達は話す。


「せっかくだから、何か対戦しようぜ」

「……これとか?」

「結構古いやつだな」


 ゲームが仕舞われている引き出しから取り出されたのは、小学時代によく遊んだ対戦格闘ゲーム。大人数で乱闘するアレだ。

 

「五年くらい前のゲームは古いって言えるのか?」

「まあ、言うほど古くないかもしれないな」

「一年前のゲームだって、今やると時代遅れな感じするけど」

「確かに」


 言いながら、竹内はテレビの横に置かれた本体の電源を入れる。結局、例のゲームをすることになった。


「いつ見ても慣れないな、この雰囲気のやつには」


 表れたタイトル画面には、五人くらいの女の子がいた。昨日見た長坂の資料と同じような絵。

 この五人がゲームのヒロインなのだろう。……ヒロインを意識するのは、長坂の影響かもしれない。


「やっぱり、全部同じに見える」

「まだ、そんなこと言ってんの? よく見ろよ」

「いや、違いは分かるけど。何て言うか…」


 上手く言葉に出来ない。


「二次元の女の子が全部同じに見えるって言う人の方が分からないけどなぁ」

「やっぱ、慣れなのかもな。こういうのは」


 全く同じに見えるって訳ではない。一人一人、金髪だったり、眼鏡だったり、違いはあるのだが、究極的には同じに見えてしまう。

 複数のヒロインを同じ人が作っているからだろうか。そう考えたら、長坂のヒロインも全部同じな気がしてきた。

 ヒロインの一人がプレイヤーに話しかける。


『べ、別にあんたのためって訳じゃないんだからっ。……勘違いしないでよねっ』

「……うわ。本当にいた」

「何言ってんの、相川」


 竹内は画面を見ながら俺に話しかけてくる。ちなみに、コントローラーを持っているのは竹内だ。


「昨日もらったヒロインがこんな感じだったんだ。知ってたけど、実在は確認してなかったからな」

「…ああ。ツンデレか。割とよくいるけど、ここまで分かりやすいのは珍しいかもな」

「そうなのか」


 長坂は分かりやすさを重視したということか。あの短い時間で新しいキャラを立てるにはそういう工夫が必要なのだろう。

 今度から、もう少し話をしてやろう。

 長坂が被ったキャラも生かされるかもしれない。


「……長坂さん、か」


 竹内はボソッと小さい声で言った。


「気にさせたか? お前、あの時……」

「いいよ。あれは気にしてない」

「もう少し先なら、何とか話せるかもしれないな」


 竹内を励ます意味を込めて俺は言う。いつか、二人が普通に話すようになれば、長坂は変われると思っている。


「俺、長坂さんと話さなくてもいいや」


 だから、竹内が言ったことは受け入れたくなかった。


「どうしてだよ。長坂のこと諦めるのか?」


 こいつは長坂のことを好きとまで言ったはずだ。なのに。


「諦めるよ」

「だから、何で⁉」

「長坂さん、俺のこと嫌いみたいだから。それに……」


 竹内はここで言葉を濁した。


「あいつは元々、話すのが苦手なんだ。一回断られたくらいで諦めるなよ」


 俺は竹内と長坂の間を取り持ちたい。

 そうやって、二人の距離を近づけられたら、長坂も普通に会話ができるようになるはずだ。長坂のあの性格を変えることは俺の中で小さな目標になっていた。


「いいんだよ。だってな――」


 竹内はここで区切るように、コントローラーのボタンを押してから、


「――長坂さん、お前のことしか見てないんだから」


 言われた。そんなの薄々気づいていた。

 竹内に言われるまでもなく、察していた。

 ただ、意識しないようにしていただけ。


 普段は無口で、誰も声を聞いたことがないような奴が、俺にだけ話しかける理由なんて決まっている。

 長坂にとって、俺は特別な何かだった。

 それを俺は竹内に言わせた。


「……」

「ごめん、変なこと言った」

「……何だろうな。長坂が俺に話しかける理由って」


 言ってから、話題に失敗したと思った。

 こんなの竹内に考えさせることではない。


「あれ、気づいてないのか?」


 竹内は意味の分からないことを俺に聞いた。コントローラーのボタンが押される。

 画面の中ではプレイヤーの操作する主人公とヒロインの一人が会話をしていた。


『悪いな。こんな朝早くに呼び出して』

『ううん。大丈夫だよ』


 早朝の学校という設定らしかった。

 画面の中の二人には、今の俺達同様、ぎこちない空気が流れていた。

 竹内は淡々と会話を進める。目線は画面に向いたままだ。


「長坂さん、背が低いよな。学年で一番かも」

「ん、それが?」


 画面の奥はいよいよ山場と言ったところだった。早朝だからか、主人公とその幼馴染のヒロイン以外には誰もいない。二人きりの状況。

 ……この展開は――?


「このゲームのこと長坂さんも知ってると思う?」

「だから、何が言いたいんだ?」


 竹内の質問は意味不明だし、画面の中の展開には既視感を覚える。二つの気になることが頭を回って混乱してきた。

 竹内がボタンを押すと、意を決した主人公がようやく声を出した。


『志穂。大事な話がある』


 聞き覚えのあるセリフだった。

 でも、どこで……? 俺はこのゲームを今まで見たことも聞いたこともなかったはず。

 竹内に聞いた? いや、竹内だって今日初めて見る展開のはずだ。

 なら――。


「長坂さん、塩谷さんにも話しかけたらしいね」

「……」


 ようやく、俺の中で何かが繋がった。  

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