長坂のイラスト
「べ、別にこんなの見なくてもいいんだからねっ! この子を『嫁』にしてほしいなんて全然思ってないんだからっ」
放課後、俺達以外、誰もいない教室。
長坂と二人きりになれば、こうなることは分かっている。それに、始めの頃はともかく、今はこの状況が嫌ではない。
差し出された紙束を手に取って、
「しっかり受け取るよ。……『嫁』にはしないけど」
言葉を付け足すことも忘れない。
長坂のヒロインを俺は『嫁』にしない。これは俺が自分と長坂に課した条件。
「○○は俺の嫁」などと言う方々を否定するつもりはないが、どうも、俺には理解できない次元の話なのだ。ただの絵をそこまで愛せる思考が分からない。
……文字通り、次元が違うということなのだろう。
「全然、うまいこと言えてないわよ」
長坂の目は心なしか冷たい。そんなにうまくなかったか。
「お前、見なくてもいいって言いながら渡すなよ。俺が見ないって言ったらどうするつもりだったんだ」
「でも、見てくれるでしょ。あ、あんたのこと信用してるって訳じゃないけどっ」
「まぁ、見るけど」
なんだっけ、こんな感じのキャラクター。
前に竹内に教わった気がするんだよな。
「で、『嫁』にしてくれるの? したくないって言うなら、そ、それでもいいけど」
この、言ってることと本心がちぐはぐなキャラは……。うーん。もう少しで思い出せそうなんだが。
「……なにか言いなさいよっ!」
確か、トゲトゲしてるから――トゲデレ?なんか違うな。チクチクしてるから――チク
デレ? これも違うはず。
あー。思い出せん。喉までかかっているのに。なんだったかな。なんだったけな。
「……いい加減にしなさいよっ。別にあんたに無視されても、何とも思わないけどっ」
「――あ。ツンデレだ。やっと思い出せた」
はぁー。スッキリした。これで気分良く下校できる。
「じゃあな、長坂。また、明日。資料は家に帰ってから読むよ」
「ま、また明日。ちゃんと学校に来て感想、
伝えなさいよ!」
長坂の言葉を背中で聞いて、昇降口に向かう。
ふと、俺の中にこのままでいいのか、という疑問が浮かんだ。数日前から、その自問は何度も繰り返されてきた。
長坂は俺としか話さない。
それは以前から気になっていたこと。もう一つ、俺には気がかりなことがあった。
長坂は『嫁』の話しかしないのだ。
学校のことも、プライベートなことも、何も話さない。ただ、俺に自作のヒロインを渡して別れる。
このままでは、いけないと思う。
けれど、俺には何が出来るのか、分からない。
家に帰って、俺は鞄から紙束を取り出した。十枚ある紙の内、四枚がイラスト、二枚が設定資料、四枚がヒロインを主役にした小話だった。
今日のヒロインは、気になる男友達に自分の気持ちを伝えられず、本心と反対のことを言ってしまう、という性格だった。
すごい既視感。少し前に似たような性格をした奴に会ったような気がする。
長坂の資料を見ると、いつもこの既視感が現れる。その正体はどんなに考えても、思い至ることがない。最近は、この感覚が気持ち悪くなって、資料を流し見るだけになっていた。
俺は引き出しを引いてそこに紙束をしまう。底の浅い引き出しは長坂の資料で埋まり始めていた。
「引き出し買うか……? いや、部屋を整理すればいいか」
独り言を言って引き出しを戻す。
なんとなくベッドに寝転がったら、そのまま眠ってしまった。
朝。学校の用意を手早く済ませ、家を出る。口からはあくびが漏れた。
「おはよ、眠そうだな」
「竹内、おはよう。昨日、変な時間に寝たからな。朝がつらい」
竹内と俺は並んで通学路を歩く。
俺が二回目のあくびをしたところで、竹内が思い出したように言った。
「この前さ、お前と探したゲームやっと買えたよ」
「……ああ。あの幼馴染が何とかっていうやつ。よかったじゃん」
「今日もやるけど、家こない?」
家に帰ってからすることも特にない。俺は竹内の提案に乗ることにする。
「分かった。行くよ」
「おー、待ってる」
その後、竹内からゲームの説明を受けつつ、校門を抜けた。
自席に着いて、鞄の整理をしていると、
「おはよっ。レイくん、眠そうだね」
「おはよう。……俺、そんなに眠そうか」
詩乃と挨拶を交わす。
「詩乃っち〜。ちょい来て〜」
「りょーかい! ……じゃあね、レイくん」
すぐ友人の女子に呼ばれてどこかへ行ってしまった。見てるだけで忙しそうだ。意味もなくお疲れ様、と言いたくなる。
席に座って詩乃の動きを眺めていると、目の前を誰かが横切った。その姿を目で追うと
長坂がいた。ということは――。
机の上に一枚の紙切れ。
長坂の文字で、「今日はない」とだけ書かれていた。これを貰うのは三度目だ。
長坂は今日、ヒロインを作っていないらしい。この紙はその合図だった。つまり、放課後に会うことがないということ。これで、放課後の予定が更に空いた。
授業が終われば、早速、竹内の家にお邪魔することにする。
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