幼馴染との距離感

「次、あそこ行こっ!」


 俺は手を引かれて、タイルが張られた地面を歩く。


「一人でも歩ける。離してくれ」

「ダメ! 今日一日はこうするの‼」


 俺の手を力強く握るのは、幼馴染の詩乃。

 今日は仲直りの印に、と二人でテーマパークにやって来ていた。

 別に、詩乃と手を繋ぐのが嫌な訳じゃない。女子と手を繋ぐのは男なら喜ぶべきことだろう。

 ただ、詩乃の力が強いのだ。手が痛い。


「もっと弱く握ってくれ」

「弱くしたら振り解かれるかもしれないもん。……絶対、離さないよ」


 そのセリフは将来、俺の彼女になる人に言って欲しかった。


「お前は嫌じゃないのか? 彼氏でもない俺と繋いで」

「うん、全然大丈夫だよ」


 何でもないように言う詩乃を見てると、本

当に女の子ってのは分からないと思う。

 詩乃に連れられ、観覧車に乗ることに。

 週末だからだろう、人が多い。予想待ち時間は三十分以上だった。

 その間に、詩乃と話をする。


「詩乃は長坂とどんな話をしたんだ?」

「……減点。デート中に他の女の子のことを言うのは、アウトだよ」

「お前とは付き合ってないから問題ない。俺だってもし彼女ができたらそれくらい気を遣う」

「ホントかなぁ」


 詩乃は意地の悪い笑みを浮かべて俺を見つめる。


「で、何の話をしたんだ?」

「んー。質問されてそれに答えただけな感じする」

「それ以外のことは?」

「何も。わたしから話題を振れないしね」


 詩乃はその辺りあっさりしていた。クラスで一言も喋ったことのない女子に声をかけられてもあまり気にしていないようだ。


「あの朝、早く来たのは?」

「あれは、確か……。前の日の放課後に長坂さんに言われて、来たんだよ」


 多分、理科室を出ていった時のことだろう。俺にヒロインの詩乃の資料を見せた後、長坂は現実の詩乃に会っていたのだ。


「長坂さんって変わった人だよね」


 詩乃の言葉に俺も頷く。


「ああ、あいつは変わってる」

「背も小さくて、体をさらに縮こませて、すごく自信がないみたい」

「俺もそう思うよ」


 あいつの性格はなんとかならないのか。

 俺は長坂に普通になってほしいと思う。詩乃みたいに笑顔で前を向いて歩くような奴に……。


「むー」

「なんだよ、詩乃」

「ずっと、長坂さんのこと考えてるでしょ。今、何しているときか分かってる?」


 拗ねたように言う詩乃。

 こいつ、何に怒ってるんだ?


「観覧車の順番待ちだろ。ほら、もうすぐ乗れる」

「……はぁー。ここからは長坂さんの話するの禁止ね」

「何でだよ。別にいいけど」


 俺達の前に並んでいたカップルが観覧車に乗り込む。すぐに俺達の番が回ってくる。

 俺と詩乃は向かい合うように座って、職員の人に扉を閉められる。

 これから十五分ほどは二人だけの時間だ。

 ……俺と詩乃は付き合っていないから、何も言えない時間になってしまった。


「こういうのって雰囲気あっていいよね」


 ゴンドラが四分の一くらい回った頃、詩乃が口を開いた。


「まぁ、そうかもな」


 俺は適当に相槌を打つ。

 この空気に合った話題を見つけることができなかった。


「ねぇ、レイくんは好きな人っている?」

「今はいない。けど、お前はいるんだろ」


 仲直りをしたとき、そんなことを言っていた気がする。


「……うん。いる」

「誰が、とか聞かないから安心しろ」


 それに俺じゃないことは確定なんだ。


「ありがと。レイくんが幼馴染でよかった」

「その、レイくんって呼び方いつまで続けるんだ?」

「え、ずっと呼ぶつもりだよ」

「今はお前しかそう呼ばないけどな」

玲士れいしだからレイくん。分かりやすくていいあだ名だと思うけどなー」


 相川玲士あいかわれいし。これが俺の本名。皆、俺のことは名字で呼んでいる。


「いいけどな。呼び方とか、なんでも」

「うん。レイくんはレイくんでいいの!」

「はいはい」


 そろそろ、観覧車のてっぺんに差し掛かってきた。


「わーぁ。すごい高い。ここから家が見えないかな?」


 詩乃の声に俺も窓の外へ目を向けた。

 ……高い。景色はいいが、家は見つからない。そもそも、家があるのは反対側の方角だ。

 目線を手前に移動させると、テーマパークの様子が一望できた。

 さっき乗った、メリーゴーランドやコーヒーカップなんかが見える。

 あれ、そう言えば、詩乃……。


「詩乃、ジェットコースターには乗らないのか?」

「うっ……。だ、ダメ。あれには乗れない」

「絶叫系が苦手なのか」


 コクンと頷く詩乃。

 じゃあ何でここに来たんだよ。と、突っ込みたくなるが、一旦抑える。


「次は、何乗るんだ?」

「……ゴーカートとか?」

「いいよ。それで」


 アトラクションの選択権は詩乃にある。俺はついていくだけだ。

 だけど、観覧車の四分の三辺りを回った頃に俺は提案した。


「一回は乗ろうな、ジェットコースター」


 その後、詩乃は俺の耳元で絶叫を響かせることになった。

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