小さな一歩

「おはよう、竹内」


 たった今、席についた竹内に声をかける。

 竹内には言いたいことがあった。


「おはよ。仲直りできたみたいじゃん。よかったよかった」

「お前、気にしてくれてたんだな」

「もしかして、聞いちゃったか?」


 竹内は苦笑いを浮かべる。


「詩乃が言ってたよ。竹内から本のこと聞いたって。罪悪感でも感じてたのか」

「悪いことしたな、とは思ってたよ。きっかけを作ったのはあの本だし」

「ありがとな、詩乃に説明しといてくれて」


 見方を変えれば、竹内があの本の説明をしたから詩乃の勘違いが始まったとも言えるが……。それをわざわざ伝える必要はないだろう。


「ま、本当によかったよ。塩谷さんと仲直りできて。これで安心して夜も眠れるよ」

「……夜寝れないほど心配してないだろ」

「昨日は九時間寝たよ」


 ……まずい。睡眠の話をしたら、眠くなってきた。今日は起きるのが早すぎた。


「もう、こういう事はないといいな」


 そう言いながら、俺を今日、早起きさせた張本人が登校してくるのを確認する。



 眠気と戦った一時限目を終え、廊下へ。


「長坂!」


 周囲にあいつ以外誰もいないことを確かめてから、その名前を呼んだ。

 まだ人前で長坂と話すのは抵抗がある。

 それに喋るところを見られると長坂も困るかもしれない。


「……」

 長坂は恐る恐るといった感じで振り向く。

 まるで、俺が話しかけることなど、二度とこないと思っていたみたいだった。


「どうして詩乃と俺を会わせたんだよ。お前には関係ないことだっただろ」


 聞きたかったことを伝える。人と話すことが苦手な長坂が俺の問題を解決するためにあそこまで行動した理由が知りたかった。

 長坂はじっと床を見つめて、小さくなっている。


「……なんで――」

 ポツリと長坂は口を動かした。

「――なんで、私に話しかけるの……?」

「は? 何言ってんの」

「だ、だって、相川君は塩谷さんと仲直りして……」


 長坂の言葉は最後まで続かない。それでは言いたいことが伝わらないのだが。


「俺と詩乃が仲直りしたことがどうしたんだよ」

「つ、付き合っているんだよね……? 相川君と塩谷さん……」

「……ははっ」


 遠慮がちにそう言う長坂に、俺は笑ってしまった。俺は長坂の誤解を正そうと言う。


「別に付き合ってないよ。……お前、自分がいたら、俺達の関係の邪魔になるとでも思ってたのか?」


 小さく頷く長坂。その様子に俺は笑って、

「よく誤解されるからな。お前がそう思っても不思議じゃない」

 そう言ってやった。


「そ、それじゃあ……」

「あぁ、お前が変に遠慮する必要はない。これからも声かけてくれよ」


 俺の言葉に安心したのか、

「よかった……」

 無意識に出たようなその声。だが、長坂ははっとした表情を浮かべるとさらに俯いてしまった。


 ここで、俺は聞きたかったことをもう一度尋ねる。


「お前、何で俺と詩乃を仲直りさせようとしたんだよ?」

「……それは、相川君が関係ない奴が関わるなって言ったから……」


 俺、そんなこと言ったか? 少し考えて、思い当たる節が一つあった。


「お前に怒鳴った時か……」


 あの時、お前には関係ない、みたいなことを確かに言った気がする。


「そ、そう言われて、このままだと駄目だって思って……。無理に関係を作ろうと考えたの……」


 そういうことだったのか。あの時、俺が言ったことをそこまで気にして……。

 またも反省させられてしまう。勢いで怒るのは良くないよな。


「め、迷惑だった……?」


 自信なさげに言う長坂。俺が黙ってしまったから不安にさせたようだ。


「迷惑な訳ない。むしろ、助かった。今日、詩乃と仲直りできたのは、お前のおかげだと思う。……ありがとな、長坂」


 素直に感謝を伝えるのは緊張する。けれど、俺は詩乃の誤解が解けてからそれが言いたかった。


「……本当によかったよ」


 長坂は俯いたまま言った。 


「だから、お礼がしたい。何か、俺にして欲しいことはないか?」


 一時限目の間に用意しておいたセリフ。

 俺は長坂のために何かしてやりたかった。


「し、して欲しいこと……」

「何かないか?」


 数十秒考えた、長坂は

「じゃ、じゃあ……私の作ったヒロインを相川君の『お嫁さん』にしてくれる……?」


 初めて話した時と同じ頼みを口にした。


「悪いけど、俺にそういう趣味はない。お前の頼みには答えられない」


 俺はその頼みを今までと同じように断る。


「――けど、見ることならできる。長坂が作ったヒロインを一人一人見させてくれないか?」


 その上で、俺はあの紙束を受け取ることにした。


「……分かった、今はそれでいい……けど、いつか、必ず、相川君には『お嫁さん』を決めてもらう……」


 長坂ははっきりとした意志を見せて言った。意地でも俺に『嫁』を決めさせたいらしい。


「『嫁』にはしてやれないと思うけどな」


 俺は絵に感情移入するタイプではない。そのスタンスはこれからも変えないつもりだ。


「うん、分かってる……。だから、今度は、ちゃんと聞いてから、作る……」


 長坂はそこでふうっと息を吐いて顔を上げて、言った。


「――相川君は、どんな娘が好きなの……?」

 

  


 


 

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