素顔は隠してた
「どう? あれから二、三日経ったけど進展はあったか」
「いいや、全くない。悲しくなるよ」
竹内とゲームショップに行った休日から、三日。俺は詩乃とも長坂とも会話をすることができていない。
詩乃は話しかけても、俺の方を見向きもしない。
長坂は声をかける隙すらなかった。人前であいつに話しかけるのは、恥ずかしいから、人気のない所で話したかったのだが、長坂は必ず人目につく場所に立っていた。
結果、俺は三日間、何も出来ない状態だった。
「気長にやろうよ。焦ってもしょうがない」
「竹内。他人事だと思ってないか?」
「そんなことないって」
「そうか? ならいいが」
俺は視線を巡らせる。
詩乃はクラスメイトの女子と談笑していた。あいつが無視するのは俺だけなのだ。
視線を移して、教室の隅の席へ。
長坂は静かに本を読んでいた。長坂の周りに人はいない。教室の中でそこだけ穴が空いているみたいだった。
これが、当たり前の風景になっている。
その当たり前は今日の放課後に終わる。
「おーい、帰ろーぜ」
「悪い、竹内。ちょっと担任に捕まったから遅くなる」
「そうか。じゃ、先帰るよ」
竹内を見送って職員室へ向かう。
最近、何かしたか……? 俺は担任に呼ばれる理由が分からなかった。
「しつれーします」
職員室のドアをノックして中に入る。
「お、来た来た。こっち来てもらってて悪いけど理科室に行ってもらえるか」
担任は職員室に入った俺を見て言った。
ここに用がないなら始めから理科室に行かせればいいものを……。
「しつれーしました」
十秒前に開いた扉を閉める。
理科室は遠い。やる気がないから、あえてゆっくり歩いた。
担任は何をさせたいのか。聞くのを忘れていた。……理科室に行けば分かるか。
校舎の端。一階にある扉を開く。ここが理科室だ。
何も考えず扉を開けて、そこにいた先客に驚く。
「……長坂」
「っ……」
理科室には長坂がいた。しかも、二人きりだった。俺が待ち望んでいた状況。なのに、俺は話を切り出すことができなかった。
「……」
長坂は俺と目を合わせようとせず、床ばかり見ている。その様子はこれまでの長坂のキャラのどれとも違う。俺と目を合わすのを避けているみたいだった。
「……ごめんなさい。今日はキャラを用意していないの……」
ようやく口を開いた長坂は聞き取りにくいくらいの小声で言った。
用意したキャラクターが無い。つまり、キャラを被っていない、素の長坂。
こいつは素でいる時、人とまともに話すことが出来ないのか……。長坂が教室で全く喋らない理由がわかった気がする。
「お前、普通の時はそんななんだな」
「……」
長坂は無言で頷く。今の長坂に他人との会話は難易度が高いのだろう。
そして、俺の視線から逃げるように俯く長坂の姿を見ていると、罪悪感が湧いてきた。
素の長坂はとても弱々しくて、あの時、怒鳴ったことを猛烈に後悔した。
「長坂。あの時、怒ってごめんな。お前がどれだけ頑張ってたのか俺は全然想像してなかったんだ」
ちゃんと、謝る。
今の長坂を見て、謝らない訳にはいかなかった。これだけ、他人との会話を避けていた長坂が俺と話をするためにかなりの努力をしていたことは簡単に想像できた。
今の長坂は俺に対してどこか余所余所しい。
「わ、私も反省してる……。この前は相川君の気持ちを考えてなかった……」
声が段々小さくなってきているから最後の方はほとんど聞こえない。
でも、長坂が俺に申し訳なく思っていたことは分かった。長坂にここまで言わせれば、俺はもう充分だ。
「悪かったよ、長坂。……で、俺はどうしてここに呼ばれたんだ?」
突然の長坂の登場で話がややこしくなったが、ここには担任に呼ばれて来たのだ。
「……」
長坂は何も言わない。
「お前も担任に呼ばれたのか?」
長坂は首を縦に振る。
「何で呼ばれたかは――」
今度は首を横に振る。長坂も知らないみたいだった。
「――分かんないか。あの担任、何したいんだろうな」
本当にうちの担任は理解不能だ。今までに何度振り回されたことか。特に俺は担任に気に入られているのかよく絡まれる。
「お前、担任の好感度稼ぎしてるの?」とは竹内の談。別に好感度を稼いだ覚えはない。
「……ま、いっか。待ってれば来るだろうし」
手近な椅子を引いて座る。長坂は俺の向かい側に座った。
「……」
「……」
居心地の悪い沈黙が降りる。長坂が会話を苦手としている以上、不用意に話しかけられない。俺はこれからの計画を考えることにする。
長坂に謝ることができたのはよかったが、これはまだ根本的な問題解決になっていない。
竹内に長坂を紹介しないといけないし、詩乃の誤解も解かなくてはならない。
「はぁ……。これからどうするか……」
思わず、口に出してしまう。はっとして、長坂の方を見る。
「……あ、あの……」
長坂は俺に何か言おうとしていた。
「ん? 何かあるのか」
「こ……これを、見て……」
そう言って、長坂の鞄から取り出されたのは、コピー用紙の束だった。十枚ほど重なっている。
「……もっと早くに完成させるつもりだったけど……。遅くなった……」
申し訳無さそうに長坂は言う。
「……俺はお前に悪いとは思ってるけど、だからって、これを見る気は――」
――ない。はっきりと拒絶するのは気が引けたから言葉を最後まで言わなかった。
「こ、これは……塩谷さんのキャラクター資料なの。だから、今までのとは違う……」
「詩乃のキャラクター資料?」
現実の詩乃をヒロインとして書いたということか? それは何のつもりで……。
「……ま、待ってて……」
長坂は立ち上がると理科室から出ていってしまった。
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