相川の休日

 休日。俺は竹内に呼び出された。


「何だ、竹内。急に家に来いなんて。俺の家からお前の家までそこそこ距離あるんだが」

「ちょっと、付き合ってほしい」

「……寒気がした」


 唐突に何を言い出すんだ。衝撃的すぎる。


「付き合うって言っても、いつものとこだよ。誤解しないでくれ」

「ああ、あそこか。分かった」


 ……分かったのはいいが、あそこは俺の家から行った方が近いんだよな。竹内の家とは反対方向にある。

 とにかく、一度降りた自転車に再びまたがり、二人で移動することに。

 ここから三十分程漕いで移動する。俺の家からだと十五分で到着できるのにな……。


「わざわざ、お前の家まで来る必要無かっただろ。無駄に疲れるだけだよ」

「そうなんだけど……。ちょっと、話したいことがあるんだ」


 二列になって進む俺と竹内の自転車。


「それがお前に呼ばれた理由か?」

「まあ、そういうこと」

「で、何だよ。話したいことって」


 二台の自転車は景色を追い抜いていく。


「最近、何かあった? お前、二、三日様子がおかしいけど」

「……」

「やっぱり、何かあったのか」


 黙ったのがよくなかった。竹内に勘付かれる。あの日から長坂に紙束を渡されることはなくなった。同時に会話をする機会もなくなった。

 俺にはあの紙束を受け取れない理由があったし、あいつもしつこく寄って来過ぎたと思う。だが、竹内には長坂を突き放したことを知られないようにしたかった。


「……」

 何も言わない俺に竹内は、

「ま、いいよ。今すぐ言わせるようなことはしない。全然待つから、言いたい時に言ってくれ。悪いな変な気遣わして」


 そう言って、スピードを上げた。

 竹内にそこまで言わせるのは、本意ではない。気を遣っているのは竹内の方だ。俺は正直に話すべきだ。

 竹内に追いつくため、足に力を込める。


「なあ、竹内。言っていいか?」

「ん、何でも言えって」


 こいつには本当に助けられている。何を言っても竹内ならしっかり受け止めてくれると

いう信頼があった。


「最近、長坂に話しかけられなくなった」


 正直に告げる。竹内の顔は見れない。


「そうか。……やっぱ、言わない方がよかったかなー」


 竹内は普段よりも声のトーンが低い。俺は言葉を付け足す。


「別にお前が長坂を好きだと言ったことは関係ない。ただ、俺が……勝手に突き放しただけだ」


 そう、長坂との一件で悪いのはやはり俺だった。日に日に反省が募って今ではあの時、怒鳴ったことを後悔している。自分の事情で関係ない奴の頼みを断ることもなかったのだ。

 しかし、長坂に全く非がないとは今も思っていない。ただ、あの時より反省しただけだ。


「……」

 竹内は黙って俺の話を聞く。

「俺は長坂のことをあんまりよく思ってない。……お前には悪いけど。でも、あいつに謝りたいとは思ってる」

「それだけ聞けたら充分だよ。ちゃんと長坂さんに謝れよ」


 俺は竹内の顔を見る。竹内はいつもと同じように笑っていた。


 それから、俺は長坂に自作ヒロインを押し付けられたこと、詩乃との関係改善のためにそれを受け取らなかったことを話した。


「なるほどなぁ……。そういうことだったのか」


 竹内はそんな感想を漏らす。『嫁』の話は竹内にしなかった。こいつにその話をするととんでもない食いつきを示して話が脱線しそうだからな。


「でも、分からないこともあるんだよ。長坂は何で俺に自作ヒロインを見せようとしたのか」

「それは長坂さんにしか分からないけど…」

「けど、何だよ」

「多分、お前じゃないといけない理由があったんだよ。俺とか他の人だとダメな理由が」

「……そうなのか?」


 俺には思い当たる節が全くないが。

 そんな話をする内に、目的地に到着した。

 この近辺で最も品揃えのいいゲームショップ。そこが、俺と竹内の言う「いつものとこ」だった。

 ゲームショップとは言え、家庭用ゲームだけではやっていけないのだろう、この店は本も売っていた。最近、買い取りも始めたらしい。

 数カ月振りに店に入ると、メダルゲームが置いてあった。以前来た時にはなかったものだ。利用者はいない。

 俺達もメダルゲームは無視して通り過ぎる。俺達が目指すのは店の奥にある家庭用ゲームのコーナーだ。

 店内を散策していると竹内が聞いた。


「覚えてる? あのちっちゃい子」

「覚えてるよ。最近見ないけど」

「今日はいないみたいだ」


 ゲームコーナーの端、恋愛シュミレーションのジャンルの集まる箇所には誰もいない。

 月三でこの店に通っていた頃、そこによく小学五年生くらいの背の低い女の子がいた。当時、中学生だった俺達はその女子小学生を珍しく見ていたのだ。

 竹内は目についたゲームソフトを片っ端から手に取っていく。パッケージ裏を見ては、棚に戻す作業を数十分続けて、


「うーん。ないなあ……」

 と、独り言か、会話か、分からないような呟きを漏らした。

「……何がないんだ?」

 一応、返事をしておく。


「出てくるヒロインが全員、主人公の幼馴染のゲーム。……名前は忘れた」

「ホントに売ってんの?」


 その内容は需要があるのか? 竹内の探すゲームは時々、俺の理解の範疇はんちゅうを超えてくる。


「一年くらい前のゲームだけど、そこそこ名作らしいから気になってな。……でも、ここには無いか」

「店長に聞いとけよ。在庫があるかもしれないぜ」

「でも、タイトル忘れたし……」

「今更、恥ずかしがるなよ。あの店長だぞ。とっとと内容話してスッキリしろ」


 この店の店長はゲームの内容を話せば、どのゲームを探しているのか当てることができるという特技を持っている。

 竹内はよくタイトルを忘れるからその度に店長にはお世話になった。中々、他人に言えないようなゲームの話もしたことがある。

 竹内と共にレジへ向かう。

 店長はいつもレジの横にある椅子に座っていた。


「店長、幼馴染がメインのゲームある?」

「ん、久しぶりだな。……ヒロインが全員幼馴染のゲームだよな。そのゲームなら、さっき在庫が切れたよ」


 店長は俺達を見て、簡単に挨拶したあと答えた。


「さっき?」

「ついさっき、最後の一つが売れたよ。常連の女の子が買っていった。惜しかったな」


 常連の女の子。そんなのあの子しかいない。よく見かけた小学生の女の子。今はもう中学生になっているかもしれない。

 あの子、まだここに来てたのか。

 とにかく、目的のゲームがこの店にないということが分かった俺達は店を後にした。



 




 



 

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