問題は未解決

 休み時間になる度に俺は詩乃に話しかけた。そしてその度に無視された。

 俺の心はもうボロボロだ。


「何、冗談言ってるんだよ。お前元気じゃん」

「うるさい、竹内」


 放課後の帰り道。俺と竹内は一緒に帰っていた。

 朝の喧嘩?以来、長坂とは話していない。あいつが元々無口なのもあるし、俺が関わるなと言ったのも原因だと思う。


「長坂さんってさ、本当に喋るの?」

「本気で言ってんのか? それ」

「だって、授業中に当てられても何も言わないんだよ。長坂さんはいつ喋るんだ?」

「確かに授業中に長坂の声を聞いたことないな。……お前、何で長坂を気にしてんだ?」


 竹内と長坂にもちろん接点はない。というか、クラスの全員と接点がないのが長坂だ。


「いや、学年が上がってクラスが変わってすぐに話しかけたんだよ。ま、全部無視されたけど。それから、時々長坂さんのこと見てるんだよ」

「……何で話しかけようと思うんだよ」


 あんな奴に話しかけるなんて、俺だったらやらない。


「長坂さん、可愛いじゃん? そういう人には一応、声をかけとくんだよ」

「あいつ、可愛いか?」


 普通だと思っていたが。可愛いと言い切れる顔ではない気がする。


「可愛いよ。あの眼鏡もいいよな」


 べた褒めだった。こいつ、もしかして――

「――お前、長坂のこと好きなの?」

「なっ、そ、そんなこ、ことない」

「動揺しすぎだ。分かりやすい」


 顔が赤い。ここまで表情に出るとは。


「な、何が分かったんだ?」


 声が震えていた。

 竹内は長坂のことが好きだったのか。それならこいつが長坂のことを気にかけるのも頷ける。


「でも、お前。どうして長坂のことが好きなんだ? 話したこともないだろ」

「……。……一目惚れだよ。まあ、きっかけを強いて挙げるなら、消しゴムを拾ってくれたことだな」


 認めたくないのか、竹内はしばし黙っていたが、隠すのは諦めたようだ。


「消しゴム拾ってくれただけで惚れたのか」

「さり気ない優しさって心に響くよな。長坂さんは俺が落とした消しゴムをスッと拾って静かに机に置いてくれたんだよ」

「なるほどな」


 竹内がここまで教えてくれるとは思っていなかったが意外なことを聞いた。


「……この話誰にも言うなよ」

「わかってるって。一年以上の付き合いだ

ろ。信じろよ」


 俺の口は硬い方だ。こういう恋愛話をする友達が少ないからな。


「長坂さんは本当にお前に喋ったのか?」


 竹内は念入りに聞いてくる。


「ああ、放課後、教室で。もしや嫉妬か?」

「ちょっとしてる。しかも長坂さんから声かけたんだろ? 普通に俺はショックだよ」

「ふーん。今度、紹介するよ」

「マジ? 頼んでいいのか?」


 ……しまった。つい適当に言ったが、俺は今日、長坂を拒絶したのだった。今の発言で長坂と関わらなくてはいけない理由ができた。それが嬉しいことだとは思いたくない。


「俺、こっちだから。――頼んだよ!」


 竹内とは信号のない交差点で別れる。あいつがここまで機嫌よく別れを言うのは今までで初めてだった。


 竹内が角を曲がったのを見届けて、

「はぁー。……どうすんだよ、これ」

 ため息をついた。


 まだ、何の問題も解決していないというのに課題だけが更に増えていく。

 少し整理した方がいいかもしれない。他ならぬ俺が理解出来なくなってきている。


 まずは、詩乃のこと。

 詩乃は約一週間前に見たラノベが原因で何

か誤解をしてしまい、俺を避けるようになった。誤解を解くことが必要だが、詩乃は俺を無視している。

 次に長坂のこと。

 長坂はここ最近、何故か俺に絡むようになった。自作のヒロインを俺の『嫁』にしようと企んでいる。これの対応を考え直さなくてはいけない気がする。

 最後に、竹内。

 今朝、俺が拒絶した長坂に恋心を寄せていることが判明。俺の発言に異常な期待をしているが、実行は難しい。

 

 ……どうすんだ、これ。山積みじゃん。

 長坂のヒロインは詩乃の誤解を解くまで受け取れないから、長坂の件は後回しだな。

 先に詩乃の問題を解決するしかない。

 家に帰るまでの短い時間にそういう結論に

至った。


 ということで翌日。俺は詩乃に積極的に話しかけていった。

 詩乃は俺と目も合わせようとせず、無視を続けた。


「話がしたい」

「……」


 ずっとこの調子だった。さすがに付き纏うのはいけないので遠目に詩乃を観察する。

 詩乃が廊下に出てしまった。観察は無理か。


「なあ、竹内。どうすりゃいいと思う?」

「塩谷さんとのこと? そんなの自分の気持ちを素直に伝えるしかないな」


 竹内は普段通りだ。昨日、長坂の話をしたことを忘れたみたいに見える。

 ふと、長坂の席に目を向ける。

 長坂はそこにはいなかった。どこに行ったのか。


「それより、頼んだよ。長坂さんのこと」


 俺の視線を読み取ったのか、竹内は念を押してきた。


「わかってるよ」

 今は適当に返事するしかない。

 

「おい、詩乃。話を聞けよ」


 放課後、今日最後の会話のチャンス。

 もう何度この台詞を言ったのか忘れた。


「……わたしに話しかけないで」


 っ! 詩乃がようやく俺と会話をしてくれた。内容は俺を遠ざけるものだったが、それでも一歩前進だ。この調子でいけば詩乃とまともに話ができる日も近いかもしれない。


 しかし、それから二日、詩乃は俺に一言も話さなかった。


 



 


 

 




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