そっとしまいたい過去

 放課後。長坂に捕まる前に校舎を出る。


「待って」

「……」


 今、何か見てはいけない者を見た気が。


「待って」

「……」


 無視するしかない。俺は歩調を早める。


「待って」

「……っ」


 袖を掴まれる。これ以上無視することはできないみたいだ。


「……何だよ。俺は見ないからな」

「見て」


 言葉少なに紙束を俺に押し付けてくる、青フレームの眼鏡の女子。長坂英里。

 こいつ今日もキャラ変えてきたのか。


「見て」


 長坂は一単語しか喋らない。その上表情が変化しない。それでも伝わってしまうのが癪だ。


「お前、今日も話し方が違うのか。話し方だけだとお前って分からないんだよ」

「そう。見て」


 こいつ「待って」と「見て」しか言ってないぞ。


「見ないって何回言わせるんだよ」

「見て」

「……しつこいな! 見ないって言ってんだろ! いい加減諦めろよ」


 あぁ! イライラする。こいつには耳が付いていないのか。


「……今日は諦める」


 俺の感情をようやく察したのか長坂が引いた。


「帰れ。二度と見せなくていい」

「……また明日」


 長坂は紙束を持って帰って行く。長坂の持つ紙束は昨日より増えていた……ような気がした。

 長坂のことは問題だ。けれど、俺にはもう一つ問題がある。

 塩谷詩乃。幼馴染との関係をなんとか修復したい、というのが俺の願いだが……。


「なあ、無視するなよ」

「……」


 長坂と別れた帰り道。後ろ姿に声をかけても詩乃は一向に相手にしてくれない。


「おい、おーい」


 手を振っても反応しないし、まるで、俺が見えていないみたいだ。


「……またどっか行ったし」


 俺の側に居たくないのか詩乃は物理的に距離をとるようになった。


「お前、空回りしてるよ」

「盗聴が趣味なのか? 竹内」


 例によって俺と詩乃のやり取りを見ていた竹内が言ってきた。


「お前と塩谷さんの関係が面白いんだよ」


 そう言う竹内は笑顔だ。


「俺からすれば面倒なことなんだが」

「お前の苦労を見て笑ってるんだよ」

「……嫌な奴だな」


 苦笑する。竹内が冗談で言っているのが分かるから、俺も本気にしない。


「で、どうするんだ? 塩谷さん、無視し続けてるけど」

「……話しかけるしかないだろ。永遠に無視されても」

「永遠に無視されたら駄目だろ」

「ものの例えだ。本気にするな」


 そろそろ家が近づいてきた。


「じゃあな、また」

「おう」


 簡単に別れを言って、俺は玄関を開けた。

 自分の部屋に入って鞄を投げ捨てる。


「あー! どうすりゃいいんだよー」


 叫んだ。家族は家にいないから問題ない。

 ガン!

 ……問題あったな。隣の家の人に窓を叩かれてしまった。叫ぶと近所迷惑になることが実証されたようだ。

 ベッドの上に仰向けに寝転がる。天井を見ていたら、一週間前にこの部屋であったことを思い出した。

                     ――ここから回想。

「うわー。久しぶりだなー」

「いつ以来だっけ?」


 一週間前、俺は詩乃を部屋に誘った。

 竹内によく勘違いされるからここで宣言しておこうと思う。


 ――俺と詩乃は付き合っていない――。


 恋愛感情みたいなものは俺達の間にはない。

 竹内はわかっていてからかってくるが。


「いいの? 上がらせてもらって」

「別にいいよ。そこに座っていてくれ」


 そう言って、俺は押入れを開く。

 この日、詩乃を部屋に入れたのは彼女に昔の写真が欲しいと頼まれたからだ。

 俺と詩乃は小学一年の時に知り合った。それからずっと仲良くやってきたから、二人で写った写真も多い。どういう事情か聞いていないが詩乃が俺に写真が欲しいと頼んでくるのは納得できた。


 写真は押入れの奥にしまっていて取り出すのに時間がかかる。今すぐ必要という訳ではないらしいが、早い方がいいと思い、写真を見つけるまでの間、詩乃には部屋に居てもらうことにした。

 後から思えば、この選択は間違いだった。

 そんな事、押入れを漁っているときにわかるはずもなく、事件は起こる。


「ねえ、これ……何?」

「ん? ――あ」


 押入れから顔を出して詩乃の方を見て、失敗したとわかった。

 詩乃が持っていたのは、一冊の本。


 タイトルは『俺の幼馴染が○○で○○だった』。(思い出したくないので一部伏字)それは竹内に強引に渡されたライトノベルだった。内容は要約すれば、幼馴染が嫁になりたいと主人公の元を訪れ、あれこれするといったもの。


「何……これ?」


 詩乃は中の内容までバッチリ見ていた。挿絵も例外なく。

 それでもこのときはまだ、事を重大には捉えていなかった。竹内に借りたことを説明すれば問題ないと思っていたからだ。


「あ、それは――」

「ふーん。こういうのが好きなんだ」


 説明しようと口を開いたところに割り込まれる。詩乃の声は低かった。


「この本は――」

「ふーん。そっかそっか」

「何がそっかだよ。だから――」

「うん。分かった。写真、今日はいいや。じゃあね」


 説明する隙がなかった。

 詩乃は自分で納得すると、俺の部屋を出て行った。


「どうすんだ。これ……」


 竹内から借りたライトノベルを手に一人になった部屋で呟く。

 こうして、俺が詩乃に避けられるきっかけが生まれたのだった。

 

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