二人目の嫁候補

「あーあ。どうすりゃいいんだ……」


 遠くなった幼馴染の後ろ姿を見て、呆然とする。


「お前、嫌われてるな」

「竹内。嬉しそうだな」


 教科書を閉じて俺に話しかけた竹内は笑顔だった。


「嬉しいだろ。お前が独り身になったんだ。笑顔にもなるさ」

「……性格悪いな」

「あんな可愛い幼馴染がいるってのが、俺は許せないんだ」

「別にお前に許される必要はねえよ」


 俺は詩乃と話すのを諦めて椅子に座る。


「ま、いつか仲直りできるだろ」

「頑張るよ」


 そろそろ始業時間だ。俺達は会話を止め、真面目な顔を作った。



「はい、どうぞ」

「いらん。持って帰れ」


 休み時間。教室から出て、一人になったタイミングで長坂が声をかけてきた。


「酷いのね、貴方は……」

「俺にそんな趣味はないって言っただろ。他の奴に見せろよ」


 長坂は今日もまた俺に『嫁』になる紙束を持って来ている。


「つーか、その話し方何だよ。昨日と違い過ぎだろ」

「キャラ変更よ。昨日と違うアプローチを仕掛けようと思ってね」


 そう言って微笑む長坂は昨日とはまるで別人だった。


「お前がキャラ変したところで俺は見ねえよ。そういうのは関わらないって決めてる」

「……見なくてもいいの、せめて受け取ってもらえないかしら? せっかく、昨日考えた子もいるのだから」


 昨日考えた? 長坂の持つ紙束に視線を向けると、その量は確かに二倍になっている。二人目のヒロインが出来上がっていた。


「お前、本当、何がしたいんだ?」

「この子達を貴方の嫁にして欲しい。それだけよ」


 長坂は昨日と変わらない真剣な表情。


「お前は何でそんなにヒロインを作ってるんだよ? 意味ないだろ、そんなの」

「私は、最強のヒロインを作り出したいの。その子を知った人が『嫁にしたい』と願うようなヒロインを作りたいのよ」


 訳が分からない。長坂がそこまで必死になる理由が理解できなかった。


「それなら、俺に見せなくてもいいだろ。やっぱ他の奴に見せた方がいいって」


 例えば、竹内とか。あいつは長坂と気が合いそうだ。根拠はない。


「貴方じゃなきゃ駄目なのよ。私は誰よりも貴方に認めてほしいの」


 長坂の目を見る。その目は真剣に俺を見据えていた。

 こいつの目的が分からない。


 俺は長坂に背を向けて、

「見る気にならない。受け取ってもしょうがないしな」

 教室に戻っていく。休み時間終了のチャイムがすぐに鳴った。



 長坂は放課後まで大人しかった。それは放課後に行動を起こしたということだ。


「本当に見てくれないの?」

「見る訳ないだろ。何回言ったら分かるんだよ」


 担任に捕まってしまったのが失敗だった。日誌を適当に書いた三日前の自分を呪う。

 ……担任、日誌を一週間分くらい溜めてから読むからな……。職務怠慢だろ。


「何度でも言うわ。貴方が見てくれるまで」

 日誌書くのが面倒だからって『授業があった』だけで済ませたのが悪かった。担任、変にそういうトコ厳しいからなあ。


「聞こえているの? 無視しないでくれるかしら?」

「ん、悪い」


 心の中で担任の悪態をついていたが、そういえば長坂の相手をしていたのだった。


「で、見てくれるの? 見てくれないの?」

「絶対に見ない」

 力強く、即答する。


 長坂は残念そうな顔をして、

「また明日ね」

 それだけ言って教室から出て行った。



 その翌日も長坂の持ち込みは続いた。

 休み時間、俺が教室を出る度に声をかけてきた。その全てを俺は無視している。

 長坂の誘いには絶対に乗らない。

 そうしなくてはならない事情があるのだ。


「詩乃、話を聞いてくれ」

「……」


 長坂を躱した昼休み。俺は幼馴染との関係を直そうと行動した。


「なあ、聞いてるのか」

「……」

「おい!」


 詩乃は何度声をかけても答えない。無言で俺から離れていく。


「どうすりゃいいんだよ……」


 俺の呟きは独り言に終わらなかった。


「もっと上手くやれないのか?」


 竹内が後ろから言ってくる。


「竹内、お前は盗み聞きをやめろ」

「悪いね。でも、気になる俺の心理も理解して欲しいかな」


 俺は近くの椅子を引いて座る。竹内も同じように座った。


「この野次馬。見てるなら助言してくれ」

「うーん……。俺はこういうの得意じゃないんだよ。関係が悪化したらすぐ切り替えるタイプだからな」

「お前のそれはゲームの話だろ? ここはリアルなんだよ」

「そうだよ。選択肢を間違えたら、速攻でリセットだ」

「このエロゲ脳が……」

「残念、俺は移植版しかやらないから。正確にはエロゲじゃないんだ」


 勝ち誇ったように笑う竹内。俺にとってみれば移植版だろうと同じことだ。


「お前には長坂を紹介してやるよ」


 ヒロインを押し付けるあいつと竹内はやはり気が合いそうだ。


「俺は長坂さんのこと前から気になってるんだけど」

「ん? そうなのか」

「あの謎の雰囲気。とんでもないキャラクターだと思う」

「……その通りだ。よくわかったな」


 竹内の人を見る目に感心する。


「何? お前長坂さんと話したの?」

「付き纏われてるんだよ」

「もしかして、ストーカーか?」

「そこまで酷くはないが、そんな感じだ」


 それを聞いて、竹内がニッと笑う。


「面白いな。お前の周りは」

「迷惑なだけだ」


 うんざりしているのだ。長坂の誘いには。


「三角関係の始まりだな。わくわくしてきたよ」

「ちょっと待て。何だよ、三角関係って」


 竹内は壮大な勘違いをしている気がする。


「何言ってんの。お前と塩谷さんと長坂さんで三角関係だろ」

「そんな事ある訳ねえよ」


 俺は即座に否定した。


  

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