よめヨメ!!

火球アタレ

第一話

告白に似たなにか

「この子を君の嫁にして欲しい!!」


 夕日の差す放課後、高校の教室。俺はクラスメイトの長坂英里ながさかえりに告白……ではない何かをされた。


「この子って、どの子だよ?」


 教室にいるのは、俺と長坂の二人だけ。長坂が示す『この子』なる存在はどこにもいない。


相川あいかわ、私の手元を見てくれ」


 視線を動かせば、長坂の手に紙の束が握られていた。


「これを見ろってことか? 何がしたいんだよ、長坂」

「いいから、見てくれないか。決めるのはその後でも構わない」


 俺と長坂の接点はほとんどない。会話だってまともにしたのは今日が初めてだ。

 とにかく、話を進めるため、長坂から紙束を受け取る。こいつはラブレターの渡しでも頼まれたのだろうか。

 紙は十枚ほど重ねて、右端をクリップで留めてあった。何も書かれていない表紙をめくる。その一ページ目。


 水着姿でポーズを決める少女が描かれていた。


「ぶっっ。てめぇ!何だこれは⁉」

「何だって、君の嫁だよ」


 平然と応じる長坂。


「ふざけてんのか?」


 長坂のかけている青フレームの眼鏡を叩き割りたい衝動を抑えて言う。


「私は真剣だよ。だから、君にも真剣に考えて欲しい」

「どういうつもりだ。俺に何をさせたい?」


 授業中の長坂は無口で、物静かなタイプだ。今日話しかけられて、こいつこんな話し方するのか、と知ったくらいなのだ。

 長坂の心中が全く理解できない。


「だから、この子を君の嫁にして欲しいんだ。君の心を支配する存在にな」

「……俺の推しにしろって言ってんのか?」

「理解が早くて助かるよ」


 長坂は表情を変えず、平静なまま言う。

 こいつにそんな趣味があったとは、知らなかった。


「変な物見せるなよ。俺は絵に感情移入するような人間じゃない」

「関係ないよ。むしろ、君が見てくれた方が嬉しい」

「どういう意味だよ?」

「気にするな。それよりも見てくれ」


 俺は手元の紙束に目を落として、

「断る」

 それを長坂に突き返した。


「まだ、一ページしか見ていないだろう? 続きを読んでくれよ」

「読む気にならん。というか、読みたくない。お前がそんな趣味していたのは意外だったよ」


 ついでに、その話し方も意外だった。女子でそんな話し方する奴そういないだろう。


「……君は変わったな」

「あ? 俺の何を知ってんだよ」


 今日初めて会話した奴に言われるようなことではない。


「独り言だ。気にしないでくれ。……まあ、

今日は諦めるとするよ。また明日だな」


 俺は鞄を手に教室の扉へ向かって、

「……明日も見ねえよ」

 黙って帰るのは悪いと思い、それだけ言った。長坂の表情は確認しなかった。



 嫁。

 本来は、結婚相手の女性という意味だが、一部の人間にとっては違う意味を持つ。

 二次元の女性キャラクターを示す言葉となり、その中でも最も愛するキャラクターにのみ許された称号。

 それこそが『嫁』という存在なのだ。

 昨日の放課後、長坂の行動にはそういった事情が絡んでいる……。



「一晩待ったわよ。もちろん見てくださるわよね」

「誰だ。お前」


 謎の告白から一夜明け、これからどうしたものか思案していた、通学路。俺は知らない人に声をかけられた。


「あら、もう忘れてしまったの? 貴方、記憶力が残念なのね」


 本当、知らない。こんな話し方をする青フレームの眼鏡をかけた奴なんて知らない。


「……」

 無視して校門を抜ける。昇降口で上履きに履き替え、教室に入る。


「無視はひどいわよ。さすがの私でも傷付いてしまうわ」

「だから、お前誰だよ」


 青メガネの女の持つ鞄には『長坂英里』という名前があったが見なかったことにする。


「そう、いいわ。また後で話させてもらうから」


 窓際後方の席に座る青メガネ。

 俺は離れていく長坂を見届けて、ため息をついて、

「……話し方、変わり過ぎだろ」

 誰に言うでもなく呟く。それに反応したのは、前の席の竹内たけうちだった。


「誰のこと言ってんの?」

「竹内、お前じゃないから安心しろ」


 俺は適当に答える。


「気になるだろー。そう言われたら」


 一瞬、誤魔化すことも考えたが、正直に言うことにした。


「……長坂のことだよ」

「えっ、アイツ喋れんの?」


 そう来たか。確かに長坂は人前では全く話さないが……。


「普通、喋れるだろ」

「いや、あれは無口なんてレベルじゃないぜ。何しろ、俺が一週間、毎日話しかけても首を振るだけだったからな」

「……一週間、一言も話さなかったのか?」


 驚きだ。昨日、平然と会話をしていた人間の事とは思えない。


「俺はまだ声も聞いたことがないぜ。あの子結構、かわいいと思うんだけどなあ」


 竹内はそう言うと、前へ向き直って教科書を開き始めた。こいつには朝勉強の習慣があるのだ。……真面目だよな。

 俺は鞄を整理して、自席から立ち上がる。

 向かうのは、女子の席。と言っても、長坂の席ではない。あいつは極力無視することにした。


「なあ、詩乃しの。話がしたい」


 塩谷しおや詩乃。俺の幼馴染。昔から変わらないポニーテールの髪。


「今すぐじゃなくていいから」

「……」


 詩乃は無言で席を立ち、俺から離れていった。俺と詩乃は現在、絶縁中なのだった。

 

  

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