お前……やはりついていたのか
俺は森五郎、探偵だ。
今、俺は困惑している。
昨日襲われた狼の子供をミツハが欲しがったのだ。
村長も狼は食べないし、子狼ともなれば毛皮も少ないから村の恩人が欲しいのなら構わないだろう、と快く譲ってくれた。
村長さん、そんな所で懐の広さを見せつけないで欲しい。
そもそも欲しがるってなんだ?来たばかりでまだ住むところも決まっていないのに。
「ミツハさんや」
「はいはい、ゴロさんなんでしょう?」
ぐぅ、本当は俺が何を言いたいのか分かっているだろう。
子狼を俺から隠すようにして胸に抱いているもんな。
羨ましい……
「じゃなくてだな! そんなモノを貰ってどうするんだ?まだ住む所も、目的すらも決まっていないのに」
「ゴロさんヒドイ。この子はモノなんかじゃないもん。もうゴロさんなんてき……」
「よし、飼おう」
危ない危ない。
ミツハからメンタルに直撃する言葉を投げかけられるところだった。
「ゴロさん、その前に謝って。ゴロさんはこの子をモノ扱いしたんだからね」
そういって子狼を俺の前に差し出してくる。
「む……なんだか釈然としないが……。お、狼ちゃんさっきはごめんねぇ」
俺は精一杯の笑顔を作って握手でもしようと手を伸ばしながら子狼に謝罪する。
結果はこうだ。
「ちょ、ゴロさん! どうして口の中に手を!?」
「待て待て、俺が自分から入れる訳がないだろう!」
「ふぅ、さっきはビックリしたぁ。でもこの子も本気じゃなくてよかったね」
「ああ、本気だったら昨日の傷をほじくり返されて悶絶していただろうな」
考えてみたら、この子狼にとってはあれがスキンシップだったのかもしれないな。
そう思って子狼を見ると、プイっと顔を背けられた。
おい、そっちはミツハさんの順調に成長した膨らみがあるところだろうが!
わざとやっているだろう、この駄犬め。
はい、また噛まれました。
「それはそうと本当にどうするんだ? 飼うにしても狼なんて飼えるものなのか?」
「あのね、ゴロさん。ここは異世界ですよー? 前の世界の常識を引きずっているようじゃゴロさんもまだまだだなぁ」
「そうなのかぁ? まぁまだまだっていっても昨日来たばかりだしなぁ。じゃあとりあえず村の人に聞いてみよう」
そういって俺は近くでこちらの、というか狼の様子を伺っていた村の人に近づいて聞いてみた。
「あの……狼って飼ったりするもんなんですかね?」
途端に村人は怪訝そうな顔をして「いえ……まさか」と言った。
おいお前等、飼う気なのか。正気か?戻ってこい!と、そう言いいたいのがありありと分かる。
なんたって俺には<探偵>スキルがあるからな。
関係あるのか分からないが。
ミツハのところまで戻ると「ほらみろ、異世界では飼うに決ってるでしょ」という顔をしている。
残念だがこちらの世界でも飼ったりしないらしい、と伝えると「じゃあ私達が初めてかもですね!」と返された。
うん、その笑顔が可愛いからもう諦めるよ。
「ゴロさん、じゃあ名前を付けましょ名前」
「あーなるほどな。そうしたら愛着が湧くかもしれないな」
俺は脳内パワーを振り絞ってこいつに似合いそうな名前を考える。
「よし、じゃあ万力っていうのはどうだ」
「却下」
なんでだ、なんでだミツハ。
いつからそんなに冷たくなってしまったんだ。
そいつに噛まれた時のあのギリギリとした感じが万力みたいだったのに。
「ゴロさん、もっと可愛い名前にしなくちゃ。うーん……」
ミツハは子狼の顔を横から掴んでじーっと見つめて考えている。
子狼は暴れたりせず……というかあの顔をみると満更でもなさそうだな。
「よし、決めたっ!ミコトちゃん!」
「ん、それはもしかしてあのスサノオからか?」
「お、ゴロさん正解っ!狼が大神になるでしょ、それが天照大神になって、この子は男の子だから弟の名前を借りたの。ゴロさんやるねぇ」
「む、ミツハはなんで子狼が雄だって知っているんだ?いや行動を見ればなんとなく分かるが……」
何気なくそう聞くとミツハは顔を真っ赤にして知らないっ!と言った。
ふむふむ、なるほどなるほど。ミコト、許すまじ。
「あ、でもでもこの子がミコトならゴロさんと私はさしずめイザナギとイザナミだね!」
ミツハの言葉には別にそんな深い意味はないのだろうが。
想像したら……今度はこっちが赤くなる番だ。
その後、俺が了承したことでこの子狼の名前は正式にミコトという事になった。
ミコトはミツハに懐いているとはいえ、村を出るまでは流石に先程の小屋に入れて置いて欲しいと村長が泣きそうな顔で懇願していた。
気持ちは分かるぞ。
この世界に来て慌ただしく過ごしていた為、一旦ゆっくり今後の方針を決めたいというのが俺とミツハの共通した意見だった。
そこで村長に2、3日の滞在を願い出たところ快く部屋とベッドをそのまま貸してくれる事になった。
「ふんふん、ふ、ふ〜ん」
村長宅の台所のようなところでミツハが料理をしている。
好意で寝床を借りているのだからせめてご飯くらいは作りたい、と申し出たのだ。
ミツハの料理か……それも知らない土地で知らない食材を使っての。
ちょっと、いやかなり怖い気もするな。
ここのところ毎日食べていた俺は大体どれがどんな味をしているかなんとなく想像できたが……見た目通りじゃないんだぞ、決してな。
そんな心配をよそに出来上がった料理は、まさしく料理だった。
ミツハ、君はどうしてしまったんだ?
「あ、ゴロさん。なんか失礼な視線を感じるんですけどー」
「アイヤー!ソナコトナイヨー」
「はい、ゴロさんはご飯抜き決定ー。代わりにミコトちゃんにあげてこよ」
「ちょ待てよ!」
その後なんとか許してもらい、ミツハが作った料理を頂く。
ふと見れば村長はすでに食べ始めていて、驚いた顔で料理を口に運んでいる。
俺も恐る恐る料理に手を付ける。
え、なにこれ?……まずいぞ!
いや不味いって意味じゃない。
ちょっとドジだけど見た目がよくて、料理以外の家事はバッチリのミツハが苦手な料理を克服したら。
そんなの……良いお嫁さんすぎるじゃないか。
あぁ、ミツハが保護者代わりの俺から巣立っていくのもそう遠くないのか……。
「んーゴロさん泣くほど美味しいのかぁ。よかったよかった。あ、この山菜おいしー」
後で気付いたがそういえばミツハの料理スキルは(極)だった。
俺の知らないところでひたすら練習していたのかもしれない。
確かに手際は良かったしな。
この世界には調味料が少なそうだし味付けは塩のみでシンプルに、さらに素材の旨みを生かして……という感じなのだろう。
それならミツハがドジっ子モードになる可能性も少ないしな。
あれ、とすると……もしかして元の世界でもドジって砂糖と塩、酒と酢を間違えてなかったら。
美味かったのか?うーん、でも肉らしきものが黒焦げだった日もあるし……まぁ異世界にきて才能が花開いたという事にしておけばいいか。
こうして村長を加えた今日の夕餉は和やかに進んでいくのだった。
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