子狼とミツハの共通点

 パンツの色は合っていたはず!などと無用な詮索をされそうな反論はせず、「そ、そうだなぁ」と自然に流すのが大人のスキルだ。


 ミツハがなんだか疑った目をしているのは気にしない方向でいこう。そうしよう。




「それにしても、よくこんなちゃんと治療して寝床まで貸してくれたな。もしやミツハの笑顔は異・世界共通か?」




「そりゃあ私だって笑顔には自信がありますとも。けど残念ながらそうじゃなく……なんていうか村の人は申し訳ない……って感じだったかな?」




「申し訳ない……か。なんでだろ」




 特に思い当たる事はないが。まぁ村の近くにいた危険そうな狼を倒してくれたとかそういう事で、申し訳なさそうっていうのはミツハの勘違いかもしれないしな。




「うん。まぁ詳しい話はゴロちゃんが目を覚ましたらするって。まぁ今は夜になっちゃったから明日、になるかな」




「ああ、そうなのか。ちょっと寝坊しすぎちまったか。じゃあ俺たちも今日は寝ようか、まだ身体が重い感じがするからな」




「うん、そうしよ」




 ミツハがそういうので俺はベッドを降りようとする。


 そりゃあそうだ。


 こういう時は女の子がベッド、男は床!決まっているじゃないか。




「ゴロちゃん、何してるの? ベッドから出ちゃダメじゃない」




「と、言われてもだな。ミツハをそんな所で寝かせたらアクロバティックにどこまで行っちまうか分からんしだな……」




「あ、ゴロちゃんひどーい!それは小さい頃の話でしょ?もう寝相は直ったんだからね」




 あ、そうなんですね。


 さっき椅子と床を使ったアクロバティック睡眠を見た気がするが、あれは幻だったんだろう。




「そ、そうなのか。でもそれにしても女の子を床に寝かせる訳にはいかないからな。俺は下で寝る」




 そういってベッドを降りようとしたがミツハは譲る気がないようだ。




「ダメだって! じゃあ……」




 おいおい、待ってくれよ。


 どうしてベッドに潜り込んでくるんだ?




「私もこっちベッドで寝る。それならいいでしょ? ゴロちゃんちょっとそっち寄って」




「お、おう」




 とりあえず言われた通りにスペースを開けるが……


 いかんいかん!何をしているんだ。




「や、やっぱり俺は下で寝ようかなぁ……なんて」




「あれ、もしかして私のこと女として意識しちゃってるのかなー?」




「ば、馬鹿な事いうな!ちょっとミツハが狭いかなと思っただけだ。ミツハは妹みたいなものだ! 当たり前だろう……あぁけしからんけしからん」




「けしからんって……なによそれ」




 ミツハが呆れたように笑っているが気にしないようにミツハに背を向けて寝たフリをする。




「ほんと……なによそれ」




 …………


 ……あぁ、朝だ。


 ようやく朝が来た。




 窓から入る日差しを見て俺は少し感動していた。


 何しろ俺はあれから全くもって寝られなかったのだから。


 その夜の長いこと長いこと。


 前の世界より十時間ほど夜が長いと言われても信じてしまいそうなほどだ。


 まぁ実際には大して変わらないんだろうが。




 しかし、俺は克った。己に打ち克ったのだ。


 何度静まり給えと静まり給えと唱えたか分からないが。




 そう自分を褒めていると、部屋の外にも人の気配がした。


 この家の人が起きたのかもしれない。


 それならばそろそろミツハを俺の上からどけないといけないだろう。


 ミツハといえば寝たと思ったらすぐにアクロバットな動きをしはじめて結局俺の上に落ち着いていた。


 起こすのも悪いかと思ってそのままにしておいたが…………あーうん、大きくなったなぁ。




 そうこうしているとコンコンと部屋のドアが叩かれた。


 村の人が様子を見に来てくれたようだ。




「どうぞ」




 言葉が通じるか不安だったが、こういうのはお約束で大体なんとかなるもんだ。




 カチャリ……と扉が開いて村の人であろうおじいさんが顔を覗かせる。


 そしてとんでもないものを見てしまった!という表情を浮かべてすぐに顔を引っ込めドアを閉めた。




 うぉぉぉい!ミツハさんや、起きてくれ。何か勘違いをされているぞ。




 それから少ししてミツハが起きたあと、おじいさんに誤解だと釈明したが当のミツハは「なんのこと?」と何も分かってはいない様子だった。


 分かって欲しくはないけどな。






「なるほど……話はわかりました。つまり村の人があの森ではぐれた子供の狼を捕まえたら怒った親の狼が奪い返そうと探し回っていたって事だったんですね」




 ははぁ、それなら夜にミツハが言っていた村人が申し訳なさそうにしていたというのも頷けるな。




「ええ、普段はこんな村に近い所まで出ては来んのですが。えらいご迷惑を掛けただけじゃなくその上、なんと親の狼まで退治して下さるとは……ありがたやありがたや」




 どうも怪我をして気を失っていた俺が寝ていたのはこの村の村長宅だったらしく、起きてきた俺たちに村長自らが事情の説明と謝罪、それにお礼の言葉を伝えてくれた。




「まぁそのあとこの村には助けてもらったようですし、お互い様という事で」




「そういってもらえますと。あ、そうでしたそうでした。村の者があれから夜を徹して直したものです。お納めくだされ」




 そういって白いシャツを手渡してきたので受け取り、広げてみる。


 これは俺の着ていたシャツだな。


 そういえば今は普通の村人が着ていそうな綿の薄いシャツを着ていたんだったな。




「ああ、それはありがたいです。どうも」




「いえねぇ、旅の方がお召になっていたような上等な真白い布はこの村にありませんで。それでも一番上等で白いものを選ばせて頂きましたので」




 申し訳なさそうにそう言われたので直してくれたであろう部分を見てみた。


 なるほどここを引き裂かれたのだろうという部分は大きめに切られていて、生成りの黄ばみがかった布で補修がされていた。




「とんでもない、これならまだまだ着られそうです」




「……あのっ!」




 俺と村長の会話を横で静かに聞いていたミツハが突然声をあげる。


 ビックリするじゃないか。ちょっとケツが浮いたぞ。




「さっきの話であった子供の狼なんですけど……捕まえただけなんですよね?」




「だけ……?え、ええ捕まえましたとも。成長するとこの辺の小動物をみぃんな狩ってしまうんですがね、子供のうちならなんとか捕まえるくらい出来るというものです」




 村長が少し胸を張って誇らしげにそう告げる。




 よかった……。


 ミツハがそんな小さい声を上げていた。




「よかったら、私達に見せてもらえませんか?」




 そう言われた村長は戸惑いながらも了承した。




 ミツハさん……無駄な殺生はやめませんかね?


 そう思いながら、捕らえた子狼のいる場所まで案内してくれている村長の背を追う。


 なんだか村の人達みんなから見られている気がして落ち着かない。


 それもそのはず、か。


 外に出てみて分かったがこの村の規模はかなり小さそうだ。


 もしかしたら50人もいないのではないだろうか。


 そんな村に旅人が来ることなど滅多にないだろうしな。


 俺はそう納得した。




 そのまま村人の視線を受けつつ子狼の捕らえられている小屋まで来ると村長は一歩後ろに下がった。




「ここなのですが……特に檻があるわけでもありませんで、出来たら窓から覗く程度にしていただければ」




 そんな村長の願いも虚しくミツハは扉を開け放つ。


 なんだ、なんかミツハがおかしいような気がする。


 思いつめているような、そんな様子だ。




 扉を開けられた子狼は突然の出来事に少しビックリしていたようだがすぐに体勢を整えるとまだ低くなりきらない声で唸り声をあげた。


 いや、正確にはあげかけた。




 唸り声が声になる前にミツハが近づいていって抱き締めたのだ。


 突然のその行動に俺もどうしていいのか分からなかった。


 というかその狼に近づくのちょっと怖いんですが。




 ミツハの腕の中で逃げようと暴れる子狼だったが、ミツハは決して離さなかった。




「ごめん、ごめんねぇ。私、あなたのお父さんとお母さん……殺しちゃった。謝って済むとは思ってないけど……これくらいしか出来ないの。ごめん……」




 ああ、ミツハ。


 やっぱりまだ気にしていたのか。


 優しい子だものな。それに、自分の境遇に重なるものがあるのだろう。




 子狼はその言葉を聞くとだんだんと静かになってミツハに抱きつかれたままになった。




 しばらくそうしているとペロリ……と。


 ミツハが流した謝罪の涙を舐めた。


 きっと許してくれたのだろう。




「あり……がとう」




 ミツハはさらにきつく子狼をずっとずっと抱き締め続けた。




 ……っておい!ミツハさん!泡!子狼が泡吹いちゃってるから!




 それから子狼はミツハの膝に抱かれてお腹を撫でられ、満足そうに寛いでいた。


 俺も近づいて撫でようとしたが、アンッと吠えられたのでまた噛まれてはたまらんと撫でるのを諦めたのだった。




「あの……村長さん」




 うお、村長さんまだ居たのか。気付かなかったよ。




「はい、なんでしょう?お嬢さん」




「この子……貰っちゃダメですか?」






 んん、なんだって?

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