なんだ、知っていたのか

 目覚めた時、俺はどうやらベッドに寝かされているようだった。




「……ミツハ……ミツハは!?」




「ん、なあにゴロちゃん……起きたの?」




 声のした方を見るとミツハはベッドの横に置かれた椅子にふくらはぎ部分を置きつつ、上半身を床に投げ出していた。




 あ、寝てたのか。


 ミツハは寝相がとてつもなく悪い。


 今の格好もどこをどうしたらこうなるのやらさっぱり分からない。




「あ、すまん。寝ていたのか」




「んー、ゴロちゃんの寝顔見てたら寝ちゃったみたい」




 床から起き上がって椅子に座り直すミツハ。


 口では何でもないようにいうけど心配させてしまったんだろう。


 この子は小さい時から他人に気を使わせないように生きてきたからな。




「すまん、心配かけた。それでここは?どういう状況だ?」




 ふと自分の腕を見ると包帯のような布が巻かれているのでやはりあの狼達が夢だった、という事はないのだろう。




「実はさっきの森の近くには村があったみたいで、それで……あの爆発を聞いて村の人が来てくれたの」




 ーー爆発




 確かあの時、狼の牙と爪からせめて少しでも長くミツハを守ろうと前に出ていた俺の目の前で爆発が起きて……




「はっ! 狼……狼はどうなったんだ?」




 俺の言葉に少し顔を曇らせるミツハ。


 どうしたんだ?




「あ、うん。狼は多分爆発に巻き込まれて……ね」




「死んだ……か。それなら良かった。ミツハを攻撃しようとした報いを俺の手で受けさせてやりたかったもんだが……でも」




「でも?」




「俺の代わりにそれをやってくれたのは、ミツハだろう?それなら文句はない」




 そんな俺の言葉にミツハがビクッとした反応をする。




「た、多分……そうだと思う。あの時ゴロちゃんが怪我しちゃって頭にきて。それで……リア充爆発しろ!みたいな感じでギュッとしたら……」




「なるほど。つまりカッとなってやった、今は反省している……ってところか?」




「う、うん」




 大人に叱られるのを待つ子供のような顔をしているミツハ。


 助けてもらって怒るやつなんていないのに。ああ、とすればこっちか。




「ミツハ。反省なんてする必要ないぞ。ミツハは優しいからきっと生き物を殺めたっていうのを気にしているんだろうけど向こうはこっちを食おうとしていたんだしな。それに、もうここは前いた世界じゃない。あぁ、そうだ。ミツハ、助けてくれてありがとうな」




「!?……ゴロちゃん……」




「あのままだと間違いなく二人とも狼の食事になっていたよ。勇気を出してくれてありがとう……って怒ってるわけじゃないのに泣くなよ」




「ううん、違うの。私はいつもゴロちゃんに助けてもらってばっかりで。お兄ちゃんが死んじゃった時もゴロちゃんしか頼れる人がいなくて……だからそんな私がゴロちゃんを助けられたのが……嬉しいの」




 おおい、やめてくれよ。可愛すぎるだろう。


 一回りほど歳下の子だけにずっと意識しないようにしているんだから。


 なによりあいつの妹だしな。




「よぉし、ゴロちゃんの為にもまた今度なんか出てきたらバンバンぶちかますぞぉ」




 おう……ミツハさんはやっぱり切り替え早いのね。




「ミツハさんや、今度は俺を巻き込まないようにだけ頼むよ」




 思わず漏らしてしまった苦笑いとともにちょっと意地悪なことを言ってみる。


 いいだろう?可愛い子にイタズラするような感じだ。




「むぅ……ゴロちゃんのいじわる!」




 目の前で膨れているミツハに俺は言わないといけないことがある。


 そう、これはこの世界では命に関わる事だとさっき思い知った。


 今こそ言わないといけないだろう。




「……ミツハ……」




「え、ゴロちゃんどうしたの?深刻そうな顔して」




「あぁ、実は俺な……名探偵じゃないんだ。すまない、本当にすまん」




 きっと驚かせてしまうだろう。


 信用を失ってしまうかもしれないが、この際ハッキリ言うべきだろう。




「え?うん。知ってた」




「なに!?ス……スキルの話じゃないぞ?」




 くそ、動揺からつい声が裏返ってしまった。




「え、知ってるけど」




 な、な、なんだって!?


 そりゃ確かにうちの事務所に大した依頼は来ない。


 でもそれは俺が優秀すぎておいそれと頼みづらいからだ、とミツハはそう洗脳していたはずだが……。




「あのさ、ゴロちゃん」




 俺は動揺を悟られないよう、極めて短く返事をする。




「あわわ」




「いや、それは返事じゃないよ。すっごい顔してるし」




 くそう、ミツハこそ<探偵>スキルを持っているんじゃないか?


 ポーカーフェイスの俺の動揺を見破れるなんてそれこそ(極)なのかもしれない。




「いーい? お兄ちゃんが死んで私がゴロちゃんに泣きついた時、ゴロちゃんもお兄ちゃんの事務所を失くしたくないからって探偵をやり始めてくれたじゃない? それはすっごく嬉しかったよ。でもさ、いつもゴロちゃん無理してるみたいで苦しくもあったんだ」




「……」




「もういいんだよ、ありがとうっていつも言ってあげたかった。でも頑張ってるゴロちゃん見てたら言えなくなっちゃって。だから、せめてご飯を作ってゴロちゃん待ってようって思ったけど私、その才能もなくてさぁ」




「……」




「いつも美味しい美味しいって食べてくれるゴロちゃんにそこでも甘えてたのかもね。私の方こそごめんだよ」






 気付けば俺は涙を流していた。


 そうか、ミツハは気付いていたか。


 むしろ逆に気を使わせていたなんて探偵……いや男性失格だな。




 ……


 ……よし、泣いた!もう止めだ!




 気持ちを切り替えてこれからどうするかが大事、だと考えよう。






「あ、ゴロちゃんあとさ」




「ん?なんだ?もう隠し事はないぞ」




「いや、スキルのこと。さっき名探偵じゃないみたいなこと言ってた時、スキルがどうこう言ってたでしょ?」




 そこに気がつくとはミツハは探偵スキルこそないかもしれないが、さすがあの名探偵の妹って事なんだろうな。




 ふひゅーふひゅー。


 ここは口笛で誤魔化そう。




「ゴロちゃん! なんで突然口笛吹くの?っていうかどうしてそんなに下手なの……それに今は夜だよ? 家の人も寝ているの! めっ!」




「ご、ごめんなさい」




 あぁ、またもや年下の女の子に怒られてしまうなんて……ここは素直に白状するしかないか。




「あのな、探偵ってスキルがあるのは嘘じゃない。でもその後ろに……(迷)ってついてた。あの迷う方の」




「え、それじゃあゴロちゃん迷探偵ってこと?」




 ミツハが驚いた顔でこちらを見てくる。


 名探偵だと思っていたおっさんがよもや迷探偵だったなんて驚いたろう。


 ん、あれ?名探偵だと思ってなかったんだっけ?




「……ぷっあははっ! ゴロちゃんらしいね」




 あ、やっぱりそうでしたか。




「んーじゃあゴロちゃんがいつも推理してたっていう女の子のパンツの色はハズレだったんだろうなぁ」




 汚れた三十路にはその屈託のない笑顔が眩しいよ。




 ちなみにパンツの色は大体合っていたはずなんだ。


 だって一緒に暮らしていた俺が洗う事もあったんだからさ。


 本人を前にして言えないけどな。




 ミツハさん、本当に色々すみませんでした。

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