三度目の失態

 ノックもそこそこに乱暴にドアを開けて入ってきたのは、やはり知った顔だった。




「あっ……」「あ……」「……っ」




 なるべくドアの方は見ないようにしていたエノスだったが、どんどん声が小さくなっていく三重奏を聞いて顔をしかめる事しか出来なかった。


 猫耳の彼女とは仕事仲間と言っていた訳だからそれが嘘でなければこういう展開も十分有り得たわけだ。




「おやおや、エノスは彼らとも知り合いなのかい?まぁ紹介する手間が省けるのはいいけれど」




 モデクレスが少し呆れたような顔でそんな事を聞いてくる。




「あぁ、知り合いというかなんというか……」




 エノスが仕方なく振り向くと小姓のような二人の内一人がまだぐったりしており、リーダー格の男と二人がかりで引き摺るようにして立っていた。


 確かに最初の一人は手加減が上手く出来なくてちょっと強めに入ってしまったとエノスは申し訳なく思った。


 が、やはり女の子を襲っていた向こうが悪かったのだ、と思い直すことにした。


 ここまで来てしまったら隠すことも難しいだろうと考えて早々に白状することにした。




「この三人が女の子から金を巻き上げようとしてたので……つい」




「カッとなってやった。反省はしている、か」




 モデクレスが妙に分かったような事を言う。




「ええ、まぁそんなところです」




 んークビカナ?と内心焦りながら頭をかくエノス。




「それでその女の子と君が言うのがさっきのマナなわけだ」




「……まぁそういう事になるんですかね。でもさっきの女の子は別に騙すというか嘘をつこうとしたわけではなくて……俺の……嘘に付き合ってくれたんです」




 そういうエノスの事をじっと見つめるモデクレス。


 エノスはあぁこれは初依頼にして早速クビだなと思っていた。


 ガンツォのところに戻ってペットの依頼を請けつつこの国ここを出る方法を探すしかないか、などと訳の分からない思考に陥っていた。




 沈黙がエノスを重く苦しめ始めた頃、救世主が現れた。




「お、おい!お前がなんでここにいるんだ」




 救世主はリーダー格の男だった。身近にいるものだ。




 モデクレスはちらりと三人の方を見ると重い口を開いた。




「ところでリィダ、今の話は本当なのかね?」




「あー……そんな事はないんじゃないかな、という気はしているというかなんというか」




 さっきはちょっと強く打ち付けすぎたかもしれないと思うくらいエノスの思考より余程訳の分からない答えだった。




「なるほど、本当なのか。連れションだと言って出ていったがどうも遅いと思っていたが……それにお前達はマナに買い物を頼んだ時、ここに居ただろう。それを知っていて狙うということは私の金を盗んでいるのと何も変わらないぞ?……エノス」




「はい」




 エノスはモデクレスの言いたいことを既に理解し、動いていた。


 素早く男達の後ろに回り込み、背中を蹴り剣を突きつけて即座に無力化した上でモデクレスに返事を返したのだった。




「この街でいつまでもチンピラをやっていたくない、俺たちには力がある。そういっていたのにエノス一人で軽々と制圧できる力量。お前達がいる意味はあるのか?」




「うぐぐ……それは……」




 リーダー格の男、リィダが口を噤む。


 反する論がない、とみなしそれが合図になったようだった。




「お前達はクビだ。貸し出した装備を置いて今すぐ去れ」




 モデクレスの強い一言に言い訳をしても無駄だと感じたのか力を抜く男達。


 それに合わせてエノスも剣を引いた。


 男達は足を震わせながら力を合わせて立ち上がった。


 エノスはその行動の奥に生命の強さに似た何かを見て、密かに感動していた。




 ガチャン、ガチャンと装備を外し、逃げるように部屋を出ていこうとする男達。




「あぁ、今日までの3日間の給金だ」




 モデクレスはそういって男達に銀貨を投げつけると男達の足元に転がっていき、止まった。




「……っく。覚えてろよ!」




 リィダはそんな捨て台詞をはきながらも銀貨はしっかりと拾っていった。


 そんなリィダの背中にモデクレスが声を掛ける。




「我々はには発つのでな、見送りに来てくれても構わんよ」




 それを聞いていたエノスはまずいな、と感じていた。


 三日もここにいたら追手にバレてしまうかもしれない、そう思ったのだ。




 男達が去っていくと早速今後の予定を聞こうとモデクレスに声を掛ける。




「あの……」




「なぁに、君が気にすることではないよ。そもそも保険としての護衛だからね。今までに何度も通った道だし危険はかなり少ないはずだ」




「あ、いやそれもあるにはあるのですが。出発するのはという事でよろしいのですか?」




 そんなエノスの言葉にモデクレスは少し驚いた顔をした。




「おいおい、明日の陽が明ける前には発つぞ」




 何を言っているんだというような顔をするモデクレスにエノスは少し困惑した。




「いや、彼等には三日後……と」




「あぁあれは方便さ。憲兵にでも訴え出られたら面倒だからね。彼等はどうやら怪我をしていたようだし訴え出るにしても明日だろう。我々はそれまでに姿を消している、ということさ」




 なるほど、とエノスは思った。


 そうやらそういった策謀は今の・・エノスには少し苦手なようだった。




 しかし、それでも明日の早朝に出発するという事になれば追手は撒けるかもしれない。


 エノスは密かに安堵したのだった。




「あぁ、でもせっかく増やしてもらった晩メシが余っちまうな……」




「では、俺が店主に言ってきましょう」




「おう、そうしてくれるなら助かる。護衛をそういう事に使いたくはないんだけどな」




 モデクレスはどこかお疲れのようだった。




「あぁ、そこに置いてある装備は好きなのを持っていっていいぞ。見た所だと剣も刃を潰してあるようだし、そもそも剣帯すら付けずにパンツに挿しているみたいだしな」




 口元から笑みを零したモデクレスの顔を見ると、もしかして最初にじっと見られていたのはそこだったのかもしれない、とエノスは少し恥ずかしくなった。


 でも、ただ純粋に有難かった。




「ありがとうございます。丁度切らしていたもので」




「……装備品を塩みたいに言う奴は初めてみたな。付けれるのか?」




 モデクレスの言葉を受けたエノスは一度剣帯を手に取ってみて感触を確かめる。




「ええ、大丈夫そうです。それではこの剣と胸当てをお借りします」




「いい、いい。そいつは返さなくていい。先行投資ってやつだ」




 モデクレスの内心はよく分からなかったが、有り難くうけておくことにした。




「それでは店主の所に行ってきます」




 エノスはそういうと部屋から出て下の階へ向かう。




「おいおい、とんだ掘り出し物がいたもんだ……こりゃあ……」




 扉が閉まった後に発せられたモデクレスの言葉はエノスの耳には入らなかった。




 階下へ降りたエノスは丁度お湯を持っていこうとしているマナに出会った。




「あぅ……」




 マナは驚いたのか躓いてお湯をぶちまけそうになる。


 咄嗟に動いたエノスはマナとの距離を一息で詰め、身体を優しく支える。




「あ、ありがとうごじゃ……ございますです」




 おや?とエノスは思った。


 先程の部屋でマナを見た感じだと噛み噛みになる様子など微塵もなかったからだ。


 そんな考えを振り払うようにエノスから声を掛ける。




「さっきは大丈夫だったかい?どうやら奴らはクビになったらしいからもう安心していいよ」




「クビに……ですか?じゃ……じゃあもしかしてあの時の事も……?」




 そう聞かれてエノスはマナが絡まれていた事を話したのか?と言外に尋ねられていると察した。




「うん……ごめん、といっても彼等の様子でモデクレスさんの方から気付いていたみたいだけど」




「そう……ですか。まぁ仕方ないです」




 仕方ないという言葉に合わせて下がった頭と共にマナの猫耳もぺたんと垂れ下がってしまう。




「あ、俺の嘘に君が付き合ったといってあるから話だけは合わせてね」




 と、エノスは極めて軽い感じで伝えておく。


 その様子に少し安心したのかほぅと息を吐いて顔を上げた。


 ちらりと見ると耳も元に戻っていたのでエノスは安心した。




「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はエノス。モデクレスさんから護衛の依頼を受けている」




「ごえい……護衛? あわわ、マナはマナといいましゅ。よろしくお願うですっ!」




 よく分からない言葉と共にマナから右手が差し出される。


 あぁ、でもこれはよく知っているよ。




 そう思ったエノスは自信満々に冒険者証をマナに握らせたのだった。




「えと、それは何か……ち、違い……まっしゅ」

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