♡32 UFO発見大騒動 1/『ツーツーツー、ドンドコドン』半裸と儀式の真っ最中
まったりお風呂タイム中のこと。バターンと浴室のドアが勢いよく開いた。目を閉じてウトウトしていた僕は、びっくりして湯船の底につるんと沈みそうになってしまった。
「ヒロくん、大変です」
かな子さんだ。何やら大興奮で、「はやく、はやく来てっ」と叫んでいる。
「何事ですか?」
鼻に水が入って溺れかけた僕だったが、かな子さんの取り乱しようにビックリして、大慌てて風呂から飛び出し、タオルを引っつかむ。
「はやく、はやくですっ」
かな子さんはダダダッと廊下を走り、ベランダに一直線。
僕はというと、ここで一旦停止だ。
「どうかしたんですか?」
ベランダに出て空を見上げているかな子さん。僕は肌寒さを感じて、部屋から顔だけ外に突き出す。かな子さんは、「ほわわわ」と上空を見上げて目を真ん丸に、口もぽっかり開けて興奮しきっていた。
僕はタオル一枚腰に巻いた格好だ。夜で外は暗く、アパートやマンションが並んでいる区画とはいえ、お向いさんは遠い。さらにはうちのベランダは鉢植えが並び、木々が生い茂っていることを思えば、たぶん、半裸でベランダに出ていても誰かに見つかることはないだろう。
でも、やはり不安だ。半裸というか、ほぼほぼ全裸でベランダに出るのは、一応教師であるわけだし、万が一ということもあるわけで。そんな思考にハマり、顔だけベランダに突き出して足踏みしていると、かな子さんは、
「うわぁぁ」
と感激の雄叫びをあげた。と、ふと僕が隣にいないことに気づいたらしい。
「ヒロくん、どこっ」
と、きょろきょろし始める。
「ここですよ」
と顔だけ突き出ている僕。かな子さんは気づいて、
「こっち、こっちですよ」とぐいぐい腕を引いてきた。
「ま、待って下さいよ。一体、空がどうしたんですか」
美しい月夜という雰囲気ではなかった。星もあまり見えない。
どうしたんだろうと怪しんでいると、
「あれ、あれ、あれ」と、かな子さんは真上を指さした。
「見てっ。ゆうほぉ」
「ゆんほん?」
寒いなぁと体に腕を巻き付けさすっていると、パチンとむき出しの肩を叩かれる。
「ヒロくん、ちゃんと見て。ゆぅほぅ」
あごをもち、上へと無理やり向かされ、そこで見たものは。
「ほら、ね?」
夜空に浮かぶ赤い光。点滅しながら、ジグザグと進み、大きくなったかと思うと、小さくなり、消えたかと思うと、ちょっと移動した場所でまた点滅を繰り返す。こ、これは……
「飛行機ですね」
「ちっがーうっ」
往復ビンタばりに、べちべちと頬を叩かれた。かな子さんはピョンピョン跳ねて、「ヒロくん、しっかりして。あれは宇宙船ですよ」
本当に? もう一度、ヒリヒリする頬をさすりながら、夜空を眺めた。しかし、裸眼。目を細めて観察するが、ぼんやりとしている。と、ぽつ、ぽつ、と赤い点滅が見え、それが、ピュンと右に移動したかと思うと、素早く左に動いた。パッと消えたかと思うと、離れた場所でパパパッと光る。
「ね、ヒロくん。ゆぅほぉですよ。カメラ、カメラっ」
どったんばったんとベランダの鉢植えやブリキバケツ、飾り棚までぶっ壊す勢いで、部屋へと駆け戻るかな子さん。僕は、ひんやりする肌をさすりさすり、彼女のあとについて部屋に戻る。
「ヒロくんは、ゆぅほぉ見張っててよ」
はい、怒られてしまった。かな子さんは、テレビボードやらプラスチックケースやらなにやらを、ひっちゃかめっちゃかに探りに探り、それでもお目当てのカメラが見つけられないらしく、「ひぃぃ、ピンチです」と泣きべそをかき始める。
「カメラって、一眼のことですか?」
僕はブルブル震えながら、彼女が散らかした後片づけをこそこそとしていたのだが、声に振りむいたかな子さんは、真っ赤に興奮していた顔を、さっと青ざめさせて、
「何やってんのっ。ゆぅほぉ、見ててよ」ぎゃーっと絶叫した。
「あ、あの」
「ゆぅほぉ!」
「もう消えましたよ」
と僕。この返答は間違いだったようだ。
かな子さんは、その場に崩れ落ちた。
「な、な、な。いま、なんと?」
呆然自失の状態。灰になる寸前。風が吹けば跡形もなく消えそうだった。僕はちょっと口ごもり、
「まだいるかも」
とつぶやいて、いそいそと半裸で再度、ベランダに出た。
カゲロウのようにフラフラしながら、妻も後ろについて出て、
「ゆぅほぉさん、ゆぅほぉさん。いらっしゃいませ、ご苦労さん」
と、ぶつぶつ唱え始める。さらには、両手を空に向かって大きく広げ、
「ゆぅほぉさん。ツーツーツゥ、ドンドコドン。あえあえあえ」
くるくる回り、上に手をあげ、しこを踏む。それから、バタバタと鳥のモノマネのように羽ばたくと、
「ちゅるちゅるちゅる。あいやこや、あいやんやん」
壊れた。僕はぞっとして妻を揺さぶり、正気に戻そうとした。
「か、かな子さん。しっかりして」
「じゅるじゅる、ラララ。ぴーひゃ、ドンドコ」
「かな子さんっ」
泣きそうになっていると、妻は突然真顔になり、
「ちょっと、邪魔しないでよ。ゆぅほぉさんを呼んでるんだから」
と僕の腕を振りほどき、プンプンする。
「いい? いま、儀式の最中なの。邪魔するなら、あっち行って」
「儀式?」
「ずんどぉずんどぉ。ぴーひゃら、あえあえあえ」
腕をグルグル回して踊り出すかな子さん。
どうやら宇宙船と交信をしようとしているらしい。
「あえあえあえ」と、僕を見て、
「ヒロくんも、やって」
「えっ」
「えっ、じゃなくて。呼ぶのっ」
あえあえあえ
ほぉほぉほぉ
なんだか分からないが、かな子さんは真剣だった。僕も調子を合わせるが、寒いし、もしかして隣近所にこの奇行がばれているんじゃないかと思うと、かな子流宇宙との交信儀式もおざなりになる。
すると、案の定、かな子さんは激怒した。
「もうぅ。誰のせいで、ゆぅほぉさんが帰っちゃったと思うのよ。かな子、宇宙船に乗りたかったのにぃぃ」
ポカポカポカ。
半裸の上半身を連続打撃。
すみませんと謝りながら、僕は必死で彼女をなだめて、引きずるようにして部屋の中へと連れて入った。掃き出し窓を閉め、鍵まで閉める。振り向けば、かな子さんは、むぅと頬を膨らませ、目には涙まで浮かべていた。
――2につづく。
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