ヒロくん頑張る 編
♡10 ヒロくんのお仕事/『びえーん、迷子なの』毒舌マネジとスケベ教師
お昼休憩中、携帯がチャンらららぁと鳴った。
「朝倉先生、携帯は音が鳴らないように設定しておいてくださいよ」
「あ、はい。すみません」僕はペコペコと頭を下げる。
「さっき触ったばかりで。いつもは電源も切ってるんですよ」
「どの先生もそうしています」
僕の言い訳を鼻であしらうと、むすっとした顔のまま、音楽教師の山村先生は職員室を出て行った。やれやれですな。あの女性教師はおっかないのです。
僕は中学校で教師をしている。数学を教えていて、C組の副担任でもあります。まだまだ先生らしくないですが、ファッションモデルをしているかな子さんに負けじと、頑張っているのです。
さて。うっかり鳴らしてしまった携帯ですが、誰からでしょうか。僕は相手を確認すると、びっくりして急いで通話ボタンを押した。
「どうしたんです、かな子さん?」
「ヒロくぅん……」
しょぼぼーんとした妻の声。
泣いているのか、鼻をすする音まで聞こえる。
「なにがあったんですか?」
今日は彼女も仕事で外に出ていたはず。
早朝に起こして、マネージャーさんにちゃんと引き渡したんだから。
「ヒロくぅん、迎えに来てよぉ」
「えぇっ、無理ですよ。まだ午後から授業がありますもん」
「ううっ」
電話越しにシクシクと泣く声。おぉ、心が痛みますね。
「どうしたんです? 誰かに怒られたんですか。川田さんはなにしてるんです」
川田さんというのは妻のマネージャーさんです。
家族同然の長ーい付き合いがあるので遠慮はいりません。
「みきちゃんがぁ、うぐうぐっ」
「川田さんがどうしたんです?」
「みきちゃんがいないんですぅ。ヒロくん、こっち来てよぉ」
パニック状態のようですね。いったん電話を切って、川田さんに連絡しようかなと考えていたところで、妻はびえーんと泣き、
「迷子になっちゃったんですぅ。ヒロくん、ここどこぉ?」
と聞いてきた。
「ええと、どこでしょうね」
僕にだってわかりません。
「何が見えます? 街にいるんですか」
わずかの沈黙のあと、
「山ばっかりですぅ。あと道路」という答えが返ってくる。
「田舎での撮影だったんですか? というか、なぜ迷子に?」
疑問がいっぱい。どうして、彼女は独りぼっちなんだろう。すると、ずずっという盛大な鼻をすする音がしたあと、妻はぽつぽつと語った。ざっくりまとめると、休憩中に散歩に出かけて迷ったらしい。
「うえーん、一人ですぅ。ヒロくん、たすけてぇ」
「ええっと。川田さんに連絡してみましたか? 近くで、かな子さんのことを探してるんじゃないかな」
「みきちゃん、つながらないんだもん」
「ええっ」
まったくあのマネージャーはどうしようもないですね。いつも僕にしっかりしろだの、かな子さんに相応しくないのと、好き勝手なことを言ってくるくせに。ぷんぷんですな。
「じゃあ、ちょっと一度この電話切りますよ。僕から彼女に連絡してみますから」
「やだやだ。ヒロくん、切らないでよ」
どうしましょう。僕がうんうん頭を絞っていると、かな子さんの、
「あっ、みきちゃーんっ」
という大声が、右耳の鼓膜をぶち破ろうとした。
「いた。あんた、どこまでふらついてってんのよ。撮影、止まってるじゃない」
「だって、猫ちゃんがいて……」
「はぁ? 猫がなんだってぇ」
おお、川田マネージャーと合流できたようですね。しかし、また口の悪い人ですよ、彼女は。僕は、「かな子さん、もう大丈夫ですねっ」と大声で呼びかけた。
「あ、ヒロくん。もう平気です!」
「よかった。じゃあ、電話、切りますよ」
「はいはーい」
ぶちっとあっさりと切られてしまいました。ま、無事に迷子が解消されてよかったです。ぶふぅと、どっと気疲れを感じて椅子の背に寄りかかる。そのまま、ぐいと背中を伸ばしてストレッチしていると、体育教師である岡島先生と目があった。
「朝倉先生、もしかして今の彼女さんですか?」
にやにや。気持ち悪い笑みを浮かべている。
「違いますよ。妻です」
「あ、なんだ、ツマか。……え、妻?」
「はい」
「つ、つまり、奥様で?」
「はぁ」
なぜ、そんなに驚くのかな。目玉が飛び出そうになってますよ。
「朝倉先生って結婚してたんですか。いや、びっくりですよ、これは」
衝撃的事実に僕は心臓が止まるかと思いましたよ、がははっ。って、なんか失礼ですね、この先生は。
僕より少し年上で体育教師らしい日に焼けた男性教師。一部の生徒には大人気で一部の生徒には不人気だという極端な人ですが、不人気の理由がわかった気がした。このスケベ笑いとしつこさが原因ですね、きっと。
「いつ結婚されたんですか。あっ、新婚ですか」
いいですねぇとニヤニヤ。げっそりしますな。
「いえ、五年前に」
「五、五年っ! いったい、いつ結婚したんですかっ」
だから五年前って言ってるでしょうが。思わずそう言い返しそうになったときに、キンコンカーンとチャイムが鳴った。
「あ、僕つぎ授業なので」
そそくさと退散。逃げるが勝ちよの気分です。
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