♡8 ジョンソン殺人事件 1/『死刑でござい?』アニーはショックで気絶した
夕食後、部屋で仕事の整理をしているとリビングのほうから、
ガシャーンっ
何かが落下して、割れる音がした。
「かな子さんっ」
僕は大慌てでリビングに向かった。そこでは、妻が親友ジョンソン婦人とアニーの三人で、仲良く戯れていたはずだからだ。と、リビングに到着する前に、廊下の向こうから、彼女が青白い顔をのぞかせた。壁にすがりつき、よろよろとした足取りだ。
「ど、どうしたんですか」
驚く僕に、彼女は弱々しく「ヒロくん……」とつぶやく。
「わたし……やってもうた」
「え?」
顔を近づけ聞き返すと、妻はふっと寂しげに笑って肩を落とす。
「ついにやってもうた。……ヒロくん」
ふいに顔を上げ、僕の顔をまじまじと見つめる。
「わたくしは自首しまする。死刑でござい?」
はい?
しばらく彼女を見つめ返すと、視線を外してリビングを覗こうとした。すると、妻がそんな僕を押し返して、激しく首を振る。
「み、見ちゃダメです。ヒロくん、ショック死しますよ!」
「な、なにごとですか」
彼女は、「はふぅ」と大きく深呼吸すると、しっかり目を見て、
「わたしは殺人を犯したんです。ジョンソンが死んでもうたの」
「さつっ……、えっ、ジョンソンですか?」
妻は小さくうなずくと、自傷気味に笑う。
「体が真っ二つです。アニーはショックで気絶です」
「……という、遊びですか?」
この返事は間違いだったらしい。
彼女は僕のすねを遠慮なく蹴とばした。
「遊びとは何ですかっ。ヒロくん、ごらんなさい。真っ二つ!」
ぐいぐい腕を引かれてリビングの中央、ソファがある場所までくれば、ドレスのウエスト部分で砕け散ったジョンソンと名付けられた貴婦人の人形が転がっていた。その横ではコテリと倒れているアニー(という名の手乗り木馬)。
「あらぁ、壊しちゃったんですね」
僕が言うと、妻は、「あうっ」と辛そうに手で顔を覆った。
それから、くぐもった声で、
「短い間でしたがお世話になりました」
「捨てるんですか?」
訊ねると、彼女は顔から手を離して唇を尖らせる。が、何も言わない。首をすくめて、ちょっとすねた顔だ。
「手をケガしちゃいけないから。かな子さんはアニーと向こうにいて下さい」
僕は木馬を拾って妻に手渡した。
彼女はアニーを抱えながら、「ぐふぅ」と不満そうにして、
「やっぱり、おさらばですか?」
涙目で問うてくる。
うーん……、僕はバラバラ事件の被害者のようなジョンソンに目をやった。
「ボンドでくっつけますか? ちょっと見栄えは劣るでしょうけど」
「そ、それで回復しますかっ」
ずいっと顔を近づけてくる。
「ま、まぁ……やるだけやってみましょう」
「ガッテン承知だいっ」ひゃっほうと跳びあがり、
「ボンド、ボンド」と、リビングを出て行こうとするので、すんでのところで肩に手をやって引きとめた。
「ボンドはそこの引き出しにありますよ」
テレビボードを指さす。彼女はぐりんとそちらに顔を向け、
「ボンド、ボンド」いそいそと手を伸ばす。
「かな子さん、ちょっと座っててください」と僕。これに、カッとしたようで、
「むかっ。助手しちゃだめなんですかっ」
と、声が高まる。
ダメっていうか……、邪魔、とは言えず。迷いながら言葉を選び、
「ショックで興奮してるでしょ。落ち着いてくださいよ」
「かな子は落ち着いてますけどっ」
「まぁ座っててください」
ぐいっと肩を押してソファに座らせる。妻はぷくっと頬を膨らませたが、ちらりと砕かれジョンソンに目をやると、とたんに顔をひきつらせた。
「わたしって罪深い女だわ。夫に証拠隠滅をはからせているのよ」
「違うと思いますけど」
ボンド片手にしゃがむと、僕はジョンソンの大手術に取りかかった。
――2につづく。
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