僕の妻は少しオカシイ
竹神チエ
ほっこりラブラブ 編
♡1 ハニー&ダーリン/『妻はスプリングフェアリー』晩ごはんはどら焼きよ
僕の妻は少し変わっている。容姿のことかって?
いや、むしろそっちは抜群に良い。
なにしろ、「彼女ができたんだってね」と妹に訊かれたとき、
「この人がそうだよ」と指さしたファッション雑誌に彼女がいたんだから。
ついでに打ち明けると、
「やめてよ、お兄ちゃん。妄想彼女を作るようになったの」
と、ドン引きされもしたが、妹がそう思うのも無理はないんだ。
僕にはどうしたって手に届きそうにないほど、妻は可憐で春の妖精みたいな人だから。とはいえ、ついに本人と会わせたときに、「お兄ちゃん、見た目だけで惚れちゃダメだって」と妹に苦言を呈されたのも、また事実だった。
だけど、妹が心配するように、優れた容姿に惚れ込んだわけじゃない。妻は性格も素敵なんだ。一緒にいると楽しい。地味で感情の起伏がないと言われる僕が唯一、はしゃぐとしたら彼女といるときだ。
でも、妹が言わんとすることも分かるわけで。
たとえば――これは、ある日のこと。
「ヒロくん、見てごらん。じゃじゃじゃーん」
いつもより早めの帰宅。ダイニングテーブルに向かって両手をぴらぴら振っている陽気な女性の姿があった。誰であろう僕の妻です。
彼女が自慢げにご披露しているのは、
「キンタロウ屋の特製クリーム入りどら焼きですよー」
だ、そうで。白いお皿に二つ、ぽんぽんと置いてあった。茶色の丸いどら焼きは、ごく普通のどら焼きに見えるけど、彼女の説明によると、
キンタロウ屋の特製クリーム入りどら焼きは人気商品で、毎日限定百個。早朝と午後三時から販売で、行列はすぐに出来上がり、なかなか入手困難なスイーツ。
……とのこと。
「並んだの? すごいですね。疲れたでしょう」
スーツの上着を脱ぎながら声をかけると、彼女の得意げな笑みはさらに広がり、
「まあね。でもヒロくん、キンタロウ屋のどら焼きさんが食べたいって、駄々こねたでしょ。だから私、頑張って並んであげたのです」
むっふんと献身ぶりをアピールしてふんぞり返る。さらには、
「もう、世話の焼ける子ですな、ヒロくんは」
そう言って僕を肘でつついてきた。
「なるほど。それはありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。わざわざ行列に並ぶとは、せっかちな彼女にしては珍しい行動だ。僕のためとなると感謝でいっぱいになる。
なるわけだが、
「キンタロウ屋の特製クリーム入りどら焼きが食べたい」
と言った記憶が、僕にはない。もっというのなら、そんな人気クリーム入りどら焼きの存在を知ったのは、つい先ほど。彼女の説明を聞いたからで。なので、一体誰のことを言っているのやら。しかも。
「さぁ、晩ごはんですよぉ」
ルンルンで妻は席に着こうとしている。
つまりはこれが晩ごはんですと?
「ヒロくんは牛乳にする? それともコーヒー?」
牛乳を下さい……って、待て、待て。
「あの、僕は食後にどら焼きを頂こうと思います」
「と、いいますと?」
「と、いいますと。これからパスタでも作ろうかと思うのですが、かな子さんは食べますか?」
当惑気味だった彼女の背筋がピンと伸びる。
「パスタ、食べます! なにパスタですか」
「そうですねぇ」
僕は冷蔵庫を開けた。すっきりとした冷蔵庫は補給を望んでいるようだが、今はそれどころではない。冷凍庫を引きだし、ゴソゴソと食べられそうなものを選び出す。
「簡単にすませましょう。ニンニクとソーセージ、あとは、しめじ。コショウと醤油で味付けです」
「喜んで!」
妻は敬礼すると、すちゃっと着席した。
わくわく。楽しそうに体を左右に揺らしている。
「まだゆで時間があるから、すぐには出来ないよ」
フライパンに水を入れながら説明する僕に、彼女はこくこくとうなずいて、
「ここでヒロくんが上手に作れるか監督します。さぁ、作ってごらんなさい」
というわけでして。僕は妻の視線をびんびんに浴びながら料理です。ちらりと振り向けば、にこりと笑顔。見守りタイプの監督さんがいる。
十数分後。
「はい、完成しましたよ。先生、どうですか?」
こんもり盛り付けられたパスタ。すぐさま一口パクリとした妻は顔をしかめて、「うーん」と眉間にしわを寄せてしまった。
「だめですか」
不安がると、
がたんっ。
椅子から跳ね上がり、彼女は頭の上で大きな丸を作る。
「ごぉかーく。ヒロくんは立派な料理人です」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。合格頂きました。
もりもりパスタを食べた彼女は、デザートのどら焼きを半分食べたところで満腹になったらしい。ちょっと寂しそうにどら焼きを見つめると、じっと動かなくなってしまった。
「残りは明日食べたら?」
そう勧めてみると、彼女は首をぶんぶん振って、
「いいんです。これはヒロくんにと思って並んで買ってきたんです」
なんて強く言い切る。それから、大きく何度もうなずき始めた。
たぶん、いろんな決意を固めているのでしょう。しばらくすると、覚悟が決まったのか、彼女はずいっとテーブル越しに体を乗りだし、
「あなたがお食べなさい。次はいつ買えるか分かりませんからね」
と、半分かじったどら焼きを僕の口にぐいぐいねじ込んできた。
「んぐんぐぅ」
「なに、ヒロくん?」
何とかどら焼きを飲み込むと、
「ありがとう」とお礼。彼女はにんまりして、
「ふふん。優しい妻で幸せでしょ」
ルンルン鼻歌。ちょっぴり誇らしげでもあるんだ。
これが、僕の妻だ。どうだろう。やっぱり少しだけオカシイのかな。
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