第12話

 ルチアが帰らぬ人となってから、約二週間が経った。

 レオンは格子の内側で、浮かない顔をしていた。いや、浮かないというよりは、空虚といった方が語弊はないだろう。

 レオンのことを追い回していたマフィアは、ほとんどの構成員が警察に捕まったそうだ。組織のメンバーの大半を失った組織のボスは、ついに自分達の罪を認めたらしい。彼らは今、レオンと同じ建物の中に閉じ込められている。

 レオンはと言うと、修道院のシスターの最期を看取っていたと一部の人には思われた反面、大多数の人にはシスターを殺した犯罪者だと罵られていた。警察にも少女を殺した青年と思われ、ついにレオンまで刑務所に入れられる羽目となってしまった。

 二週間の間で、レオンはすっかり生きる気力を失くしていた。疲労が蓄積し、世の人には散々なことを言われ続けた結果であった。ずっと狭い部屋に閉じ込められているせいもあるだろう。

 ルチアの容姿や声が、段々とおぼろげな記憶になっていく。あのとき、自分が彼女に一番近いところにいたのに、今ではまるで遠い存在に思える。

 マフィアから逃げることはできた。それだけでも喜べるはずなのに、今は全く喜べない。

 彼女が今、生きていたなら。

 また、くだらないタラレバを垂れ流す。意味のないことと分かっていながら、レオンは何度も妄想を繰り返す。

 無事に逃げられていたら、今頃俺達はどうしていただろう。平和に暮らせていたのだろうか。それとも、俺はまだ逃げ続けていて、彼女は修道院での生活に戻れていたのだろうか?

 彼女のことが、出会った当初はあんなに鬱陶しく感じていたのに、今はこんなに恋しく思ってしまうなんて。

 これが恋という奴だと、レオンは初めて実感する。

 ふと、こつんこつんという足音が耳に入ってくる。見回りをしている警官だ。レオンははっと息をのむ。

 足音が近付くにつれて、鼓動が早まる。普段は聞こえない心臓の音が、はっきりと聞こえる。

 思わず拳を握り締めた、そのときだった。

「レオン。お前に面会したいという者が来ている」

 格子の向こう側に立っていたのは、確かにいつも見回りをしている警官だった。

 面会、と言う言葉に違和感を感じる。レオンは込めていた力を抜いて、そっと立ち上がった。

「俺に、面会?」

「急げ。制限時間は十数分だ」

 レオンは言われた通り、格子から出されると、足早に歩く警官に黙ってついていった。


 面会室に連れてこられて、レオンは通声穴のあいた仕切りの向こうにいる人物に、驚く以外の感情を抱くことができなかった。

 修道院で働いていた、ルチアの幼なじみを名乗る男だった。

「やあ。久しぶりだね」

 男はレオンを目にすると、優しい笑みを浮かべた。

 レオンが仕切りの前に用意された椅子に座ると、信じられないといった表情になる。

「あの、いきなり面会になんて来て、何か話したいことでもあるんですか?」

「ん?まぁ、そんなところだよ。事後報告、とでも言おうかな」

 レオンはますます疑念を抱いた。事後報告と言われて、ルチアに関することしか思いつかない。彼女の葬儀が行われただとか、墓に埋められただとか、そういう暗い出来事しか思いつかない。

 だが男は、レオンの考えとは真逆のことを言い出した。


「君、修道院で暮らすことになったから」


「…………は?」

 当然のように「そうなったから」と言われても、すぐには飲み込めない。レオンは信じられなくて、口をあんぐりと開けている。

「そういうことだから。早く出ておいでよ。詳しいことは刑務所を出てから話すからさ」

「いや、あの、え……、俺、出ていいんですか?」

 そうだよ、と男はきょとんとした顔で答えた。

「なんなの?もしかして、嬉しくない?」

「いや、そういうわけじゃないです……嬉しいんですけど」

「ならいいじゃないか。服もそのままみたいだし、早く出てこいよ!」

 そう言うと、男は面会室から出て行った。面会の様子を見守っていた警官が、「早く出ろ」と促したので、レオンは納得のいかないまま面会室を出た。

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