第10話

「あ…?…る、ち…?」

 声がうまく出なかった。目の前の現実に、頭がどうにかなってしまいそうだと思った。

 ルチアは口から血を流して、その場に力なく崩れ落ちた。その音で気をしっかり持ったレオンは、倒れたルチアを急いで抱き起こした。苦しそうに表情を歪め、目を閉じていたが、幸い彼女はまだ息をしているようだった。

「おい……なあ、しっかりしろよ…!」

 ルチアに触れた手に、生温かい感触が触れる。レオンが彼女を抱き起こした手を見ると、赤黒くねっとりとした液体が手を染めていた。

「首を突っ込むな、って言ったのに。こんな裏切り者に手を貸すからこうなるんだよ」

 撃った銃を指で弄びながら、男は二人の少年少女を一気に嘲笑った。

 レオンはもう、男の言葉に応えることも、怒り狂うこともできなくなっていた。ただ、巻き込みたくなかった人間が、目の前で倒れてしまったことにショックを受けているばかりであった。

 こんなはずじゃなかった。

 彼女をこんな目に遭わせるはずではなかった。

 なのに、何故。

「…なん、で……俺なんかを、守って…」

 双眸から大粒の涙が溢れ出てきた。後悔と悲しみ、憎悪、恐怖が絡み合って、わけの分からない感情となって渦巻いた。

 そんな悲しみに包まれた空気の中、男と構成員達はそれぞれの武器を静かに構える。レオンは涙に暮れて、彼らの殺気に気が付いていない。

 ガシャン、ガシャン、シャキン。

 複数の銃口と銀色に光る刃が、一斉にレオンに向けられた。レオンは未だに、殺気に気が付かない。

 彼の頭に照準を合わせ、引き金を引こうとする。ナイフを彼の頭に投げて突き刺そうとする。


 その時だった。


「そうです警官さん、こっちの方に確かにマフィア共が……」

 数人の話し声と、複数の足音が遠くの方から聞こえた。男達は急に焦り始めた。

 レオンを殺そうと街中で追い回していたのが仇となったのだ。多くの人々は恐怖のあまり傍観するばかりであったが、一部の勇敢な者が警察に通報したのだろう。

 泣いて顔を俯かせていたレオンが、少しだけ顔を上げた。

「ちっ、奴らに捕まっちゃ面倒だな……レオン、次はこうはいかないからな。次会ったら、お前のことを必ずしとめてやるよ」

 未だに冷ややかな笑みを浮かべて、男は構成員達と共に路地裏から逃げるように走り去っていった。

 レオンは心を落ち着かせようと、息を整える。涙を拭って、レオンはルチアの苦しそうな表情を一心に見つめる。

「なあ……ルチア…」

 彼女は大量出血を起こしている。身体を極力揺らさないように、そっと彼女に声をかける。ルチアは重たそうな瞼を、無理やり上げて目を開けた。ゆっくりと、レオンに目を向けた。

 青く美しい双眸から、光が少し失われている。

「……やっと、名前で呼んで、くれましたね…」

 あまりにも場違いなことを言うので、思わず微笑みそうになる。だが、レオンは笑える程余裕のある精神状態ではなかった。

「そんなことはどうでもいいだろ…!とにかく喋るな、お前の身が持たないぞ!!」

 また涙が流れてくる。レオンはもう拭うことすらしなかった。拭ってもまた流れてくるから、いくら拭き取っても意味はないと感じていた。

 それに、拭う暇などないと割り切っていたからだ。

「とにかく、人を呼ばないと……」

 レオンは誰か助けを呼ぼうと考えた。レオン一人では、腹から血を流して傷付いている少女を運ぶことができない。

 それに、出血している人間を運ぶことは容易ではない。血液が失われれば失われる程、生命の維持が難しくなってくる。それだけではない。怪我した傷口から感染症にかかる可能性もある。特に、この路地裏は環境が劣悪だ。ここから血を流している人間を一般人が運ぶには、人間の身体はあまりにも都合悪くできていた。

 レオンはルチアの元から離れ、人を呼ぼうとする。

 だが、力なくレオンの手を掴んだ真っ赤な手が、レオンの動きを止めた。

「レオンさん……私、もういいんです……」

「な……何言ってんだよ!?お前、このままじゃ死ぬんだぞ!?」

 俺のせいで、と小さく付け加える。

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