第9話

「させ、ないですよ…!」

 聞き覚えのある声に、レオンははっと顔を上げた。

 男達が横へと押し出されて、身体のバランスを崩して尻餅をついたり、壁に叩き付けられたりする。先程までレオンのことを嘲笑っていた男も驚愕した表情になる。

「な、な、なんだお前は…がっ!?」

 何者かに脇腹を強く押されて、男も壁に追い払ってしまう。壁に身体をぶつけて、

 レオンは、目の前の光景が信じられずにいた。助けに来て欲しくなかった思いがあれば、逆に救われたような思いもあった。

 力を失くして座り込んでいた青年の前に、一人のシスターが立っていたのだ。

「大丈夫ですか?レオンさん」

 ルチアは笑っていた。冷ややかな微笑とも、嘲笑いとも違う笑みであった。

 誰かのために笑っている。そんな形容の仕方ができる笑顔であった。

「おま……なんで、ここが」

 レオンが途切れ途切れの言葉で尋ねるが、ルチアは黙って首を振った。

 そして彼女は、レオンの力ない左腕を掴んで引っ張る。

「逃げましょう」

「は……?」

 わけが分からないまま、レオンはルチアに腕を引っ張り上げられた。ほぼ強制的に立たされて、レオンの身体がぐらついた。レオンは倒れないようにバランスをとり、落とした銃を素速く拾いホルダーにしまう。

 ルチアの目付きが、先程までレオンが一緒にいた時とはまるで別人のようになっていた。ほんわかした雰囲気は消え失せて、僅かではあるが双眸が鋭く見えている。

「おいおい……まさかシスターさんが来るとはなぁ。そいつの知り合いだか何だかは知らんが、これ以上は首を突っ込まないほうが身の為だと思うぜ?」

 レオンのことを嘲笑っていた男は、今度はルチアを嗤う。これから殺そうとしていた男が、修道女などに守られてしまうとは思いも寄らなかったからだろう。

 ルチアは男を睨み付けはしなかった。レオンの腕を離すと、彼の前に立ち塞がって両腕を広げた。

 彼女は、誰のことも見ていない。ただ目の前を真っ直ぐに見つめていた。

「この方を殺めることは、神でも人々でもなく、この私が許しません」

 ルチアの背中を見ていて、レオンはふと思った。

 彼女が兼ね備えていた子供のような無邪気さも、母のような優しさも、今の彼女にはない。誰かを守る為に立ち上がった、一人の勇敢な少女そのものだった。

「レオンさんは、私の友達です。大切な方なんです。彼を殺させはしません…!」

 もう、やめてくれ。

 レオンは拳を握り締めた。

「帰ってください…レオンさんから離れてください…もう、彼に近付かないでください…!!」

 やめてくれ。頼むから。

「私がレオンさんを守るんです……私が、守らなきゃ……」

 ルチアの身体が震えているのが、レオンには分かった。彼女の声が段々と冷静さを失っていっていることも、恐怖に耐えきれず涙を流していることも。

 彼女は身を挺して、自分を守ろうとしているのだ。

 自分が弱いことを自覚していながら、敵の前に立ったのだ。

 それに比べ、自分はなんて弱いことか。

 レオンがルチアを連れて逃げようと動き出そうとした、その瞬間。



 ────鼓膜が破れてしまいそうなほど、身体中に響き渡った音は銃声だった。



「……あ、れ」

 目を塞ぎたくなった。

 レオンとルチアを嘲笑った男がいつの間にか、銃を手にして発砲していた。その証拠に、彼の銃口からは細い煙が空へと上っている。

 地面にぽたぽたと落ちる、赤黒い液体。不気味な模様が、徐々に地面に作られていく。

 目の前に立ち塞がる少女は、腹を抱えて呻き声を上げている。黒い修道服が、赤黒く染められていくのがはっきりと、揺れ動く視界に映される。

 一番、レオンが恐れていたことだ。


 ────ルチアの腹を、鉛の弾が容赦なく貫いたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る