第4話

 下の階の食堂で、レオンとシスターは適当に夕飯を頂戴することにした。

 食堂のおばさんがカウンターの向こうで食事を用意してくれて、レオンとシスターはそれぞれ食事を受け取る。中身は質素なものであったが、今のレオンにとっては十分ありがたい。

 まともな飯にありつけたのは久しぶりだということもあるだろう。レオンが、日常の中にいる人々が当たり前に感じている幸せを何日かぶりに掴めたのは、少しいけ好かないシスターのおかげである。ここは彼女に感謝すべきだろう、とレオンは長めのテーブルに食事を置いて、席に座る。

「さて、食べるか……ん?」

 レオンがフォークを手にして料理を口にしようとすると、隣に座るシスターの仕草に何か違和感を覚えた。

 彼女は両手指を組み合わせて、目線を下げて目を閉じていた。

 ────レオンには馴染みのない光景だった。

「……何してんだ」

 レオンの無愛想な問いに、シスターはへっ?と、信じられなさそうな顔をした。

「何って、お祈りですよ。貴方はしないんですか?」

「俺は信者じゃない。やるわけないだろ」

 生憎、レオンは何の宗教も信じてはいない。神様なんて、単なる幻だ。レオンは人生の中で、ただ一回も神を信じたことなどない。記憶にないだけで、幼少時は信じていたかもしれないが、今のレオンは間違いなく神の存在を否定している。

 レオンが無宗教であると知ったシスターは、一瞬慌てた表情をしたが、すぐにムスッと頬を膨らませて、黙ってレオンの両手を掴んだ。

「な、何す……」

「祈ってください」

「は?」

「じゃなきゃご飯抜きですよ!?」

 素っ頓狂な声を上げてシスターが騒ぎ始めたせいか、周りの人々が驚いた様子でレオン達の方に目線を向けてきた。

 これ以上騒がれても面倒なのでレオンは、分かったよと渋々答える。シスターは手を戻すと、また祈りの姿勢に戻る。周りもお互いのやることに戻っていった。

 お祈りの仕方など、とうに忘れてしまった。レオンが子供だった頃、今は亡き両親が何の宗教を信じていたかなんて覚えてはいない。多分お祈りとかしていたのだろうが、レオンは前々から宗教や神の類に興味を示さなかった為に、ほとんどした覚えはない。

 仕方ないので、シスターのお祈りを真似することにした。

 指を組み合わせるまではしない。両手を合わせて、目を閉じる。

 ────料理が冷めたら困る。数秒経って、レオンは目を開けた。

「じゃあ、頂きましょうか」

 満足そうな笑みを浮かべ、シスターは料理を口にし始める。呆れ半分で息をつくレオンも、フォークを手にして料理を食べる。



 二人で食事を共にしている間、レオンはシスターから色々なことを聞いた。というよりは、聞かされたという方が正しい。

 シスターの名前はルチア。レオンが運ばれてきたこの修道院に住んでいるのだという。彼女はまだ新米修道女のようで、修道院のことを話してはくれたものの、彼女の言葉には曖昧さが滲み出ていた。

 食事をしている間、彼女はレオンに、食欲を失せさせる問いをしてきた。そのうち聞かれるだろうと予想していたものだった。

 何故レオンが裏路地に倒れていたのか、ということについてだ。

 できれば、彼女みたいな無関係の人間に、自分の事情を話したりはしたくなかった。だが彼女は何度も問い詰めてきた。自分の食事が冷めていることにも気付かずに。

 こんな奴に話して何になるんだ。結局は巻き込んでしまって後悔するだけじゃないか。最初はそう考えていた。だから、レオンはほんの一部だけを話すことにした。

 食料が無くなって死にかけた、と答える。それは紛れもない事実で、嘘ではない。

 なのにルチアは、しつこく問い詰めてきた。

 お金はなかったんですか?とか、助けてくれる人はいなかったんですか?とか、そういう類のことだった。

 ────有り金はないし、助けてくれる奴なんかいなかった────。

 レオンがそう答えても、彼女は引き下がらなかった。

 結局レオンは食事を終えた後に、ルチアに話をすることにした。

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