第3話

 視界に僅かな光が戻る。レオンはそれに違和感を感じて、意識を取り戻す。

 最初に目についたのは石造りの天井だ。電気の明かりが灯るその部屋の外から、光はほとんど差し込まれてこない。そこから察することができるのは、今はもう夜なのだということ。それと同時に、自分は寝かされているということに、今更ながら気付かされた。

 寝返りを打ってみると、どうやらレオンが寝かされていたのは普通のベッドのようだった。そしてここは、何かの施設の一部屋だ。見たところ、ただの客室だろう。

 今度は反対側に寝返ってみる。すると目の前には机があって、そこに自分の拳銃が置かれていた。弾はとうの昔に切れているので、宝の持ち腐れのようなものだが。

 自分の服もそのままだ。土や砂で汚れた黒いスーツ、ネクタイをなくした白シャツ。倒れた時と同じ状態で、レオンはここで眠っていたらしい。

 レオンはゆっくりと起き上がり、今の状況を整理することにした。

 だが、彼の心はそう簡単には落ち着かないみたいだった。

 おかしい。

 そんなはずはない。

 現実を認められない証拠が、そんな言葉だ。

 自分は死んだはずだ。誰もいない裏路地で、一人死に絶えたと思っていた。誰にも見つけられずに、息絶えたと思っていたのに。

 一体、誰が俺を?

 そう思った瞬間、部屋のドアがコンコンと音を立てた。誰かがノックをした音だ。

「失礼しますね」

 ドアの向こうから、聞きなれない声が聞こえた。緊張で震えた女の声。何も返事をせずに、レオンは相手の行動を待つ。

 ドアはゆっくりと開かれた。


 中に入ってきたのは、シスターだった。

 透明感を持つ長い金髪に、オーシャンブルーの瞳。優しそうな目付きをしていた。

 黒い修道服に身を包み、腕の袖からはロザリオが見え隠れしている。

 そこらのシスターと何ら変わりない。しかしこのシスターは、気が強い女性が多いイタリアでは珍しく、ふんわりとした雰囲気を纏っていた。

「気が付かれたようですね。よかったです」

 にっこり笑って、シスターはレオンに近付いてきた。ベッドの上に座ったままの彼を、立ったまま見下ろしてきた────のかと思いきや、なんと床に膝をついて、座っているレオンとほぼ同じ目線になった。ちょっと気が引けたが、偉そうにはしないからまあいいか、とレオンは思う。

「……誰だ、お前?」

「むう、失礼ですね……普通は自分から名乗るものでしょう?」

 世の中の常識をさも当たり前だと言いたげな口調で、シスターは呆れた目付きをした。

 レオンははぁ、と大きくため息をつく。

「そうだな……俺はレオンだ。お前が助けてくれたのか?」

「え?は、はい。街を歩いていたら、裏路地に貴方が倒れていたので……仲間のシスターさん達と一緒に、ここに運んできました」

 やはり、彼女が自分を助けたのか。誰にも見つからずに死ぬかもしれなかった自分を。レオンは一人で納得する。

 そう思うと、少しやるせなく思った。

 死にたいわけではなかったが、あのまま死んでいれば、レオンはもう追われることはなかった。誰にも迷惑をかけずに死ねると思った。

 レオンは回復したら、再び追われる生活に戻るのだ。いつまでもお世話になるわけにはいかない。関係ない誰かを巻き込んでしまうことが、今のレオンにとって最も恐ろしいことであったからだ。

 ……まあ、せっかく助けてもらったのだから、それを無駄にするわけにはいかない。しばらくは彼女の世話になるとしよう。レオンはそう決める。

 シスターは立ち上がってドアノブに手をかけると、レオンの方を向く。

「よろしかったら、下に降りて料理やお水を召し上がりますか?」

「あぁ……頼む」

「わかりました。それじゃあ、ついてきてください」

 シスターはそう答えて、部屋の外に移動した。レオンも靴を履いてベッドから降りる。

 レオンが部屋のドアを閉めたのを確認すると、シスターはすぐ近くの石造りの階段を駆け降りていく。案外速いなと思いつつ、レオンは黙ってついて行く。

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