最初の難関、僕はズボンとパンツを脱ぐことができるだろうか?

 初っ端から難題がやってきた。


 エントリーメールを送って数日たち運営からメールがきた。 その際にホームページに載せるために写真を送って欲しいという文面を見て、しばし考えて、


『やっぱりやめようかな?』 


 いやいや! 逃げちゃ駄目だ!逃げちゃ駄目だ! 逃げちゃ駄目だ!

 

 まさかリアルでこんな台詞を実際に言うことになるとは思わなかった。


 三十代の夏まっさかり。 灰色の青春どころか新緑通り越して紅葉しはじめてRわ!


 とある休日の午後。 ベッドの上に胡坐をかき、腕を組んで悩むこと数十分、悩めるおじさんはスーパーの屋外にある小さな個室の中に居ました。


 この中に入るのは十年以上ぶり。 履歴書やパスポート用の写真を取るためにある全自動写真機です。


 その中で、俺はいまだ悶々としている。


 別に操作がわからないわけじゃない。 写真の出来は自分で取るよりかはマシだろう。


 では何を悩んでいるのか?


 ただ写真を撮る。 それだけで果たして良いのだろうか? 


 その一念だけが俺をこの場に留まらせている。


 きっと他人から見ればおよそばかばかしく、また善良な一般市民から見れば頭おかしいんじゃないかとおもわれるかもしれない。


 だが、だからこそ…だからこそなのだ。


 何も出来ず、何もしないで生きていたからこそ、唯一、これだと思えたことから逃げないために諦めないために何かをしなければならないと思うのだ。


 そして弱々しい自身を奮い立たせるために、何をすべきかはうっすらとだがわかっている。


 それが正解なのかはわからない。 


 だがベストではなくベターな選択なのではないかと?


 よし! やるぞ!


 意を決した俺は自身のズボン、そしてトランクスに手をかける。

 

 だがそこで手が止まった。 


 怯んでいるのだ。 怯えて…いやこれは恐怖そのものだと言ってもいい。


 誰かに見られれば、その瞬間に俺の人生は ジ・エンド。 


 創作をするにあたって俺は常に一人でやってきた。 それを寂しいとも悲しいとも思わなかった。 なぜなら創作とは常に孤独であり、自分全てを晒す行為にも近い。


 いやある種、それ以上だ。


 かつての親友はこう言った。


 創作ってのはさ、自分の脳内全てを見せることだもんな。 やっぱり恥ずかしいよ。


 だから俺には無理なんだ。 


 心を病んだ友人にお前もやろうぜと誘った時に彼はそういって寂しく笑った。


 俺はただ「そうだな」としか返せなかった。


 確かに創作というものは恥ずかしいものだ。 かつて読んだ本の中で娼婦は身体しか晒さないが創作者は全てを晒している。


 だがこの状況に陥ったことでもう一つ気づくことが出来た。 


 創作は孤独。 だがそれは同時に自分自身を守るためでもある。 


 ネットで発表したところで読者は自分のことなど知りもしない。 顔も、どのような人間かも。


 それはこの発達した現代においては創作に対する強みだともいえるかもしれない。


 だが赤子はいつまでも赤子ではいられない。 守ってくれる父母から、そして家庭からいずれは社会に出て自分自身をその世間に曝さなければならないのだ。



 創作を続けることは自己満足でしかない。 だがそれでもその先を望むというのなら創作者はその己自身である作品を世にださなければならない。


 たとえ批評と批判による冷たい吹雪に身も心も切らされるような冷たさに耐えながら。


 果たして俺にその覚悟があるだろうか?


 写真を送るということだけで、情けないくらいにビビッているちっぽけな俺は?


 だからこそズボンという守護者を外し、パンツという鎧を脱ぎ捨てて裸の自分を見せる覚悟が。


 もちろん写真には下半身は写さない。 写真としてこのように現像されるのは顔だけなのだ。


 これはあくまでいまだにヨチヨチとした足取りでしか進めない自分自身への己への叱咤激励だ。


 だが同時にこれは勇敢なのか? それとも愚かな蛮勇ではないのか?


 脳内でシーソーのように傾く俺自身の臆病さと愚かさに自己嫌悪の染みが広がっていく。


 だがいつまでも逡巡してる場合じゃない。


 ヨチヨチ歩きだろうがフラフラとした足取りだろうが進まなければ目的地に向かうことは出来ないのだ。


 覚悟を決めて勢いよくパンツごと降ろそ……うとしたところで誰かの声が耳に入ってきた。


 このスーパーの証明写真機の横には自動販売機があり、おそらくは学校帰りの女子高生たちが、この暑い陽気から逃れるためにジュースを買いに来たのだ。


 そしてそのまま青春真っ盛りの彼女らは自動販売機で部活やら学校の話をはじめている。


 入り口を隠すカバーのすぐ向こう側で麗しき少女達。 そしてこちら側でズボンを降ろそうと中腰のおっさん。


 創作者は何もせずにそのまま去ることを決めた。


 その後ろ姿はきっと負け犬のように俯いていただろう。


 結局写真は携帯で普通に撮ってメールで送ったが、果たしてそれで良かったのだろうかといまだに落ち込んでいる。


 果たして俺は突き進むことが出来るのだろうか?


 いまだに悩みは尽きず、懊悩は終わることはない。

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