第4話 3―C組 入谷紅波・3-E組 司波有希子
「あら、誰かと思えば第一号は貴女ですか、
「まったく、元気なのもいいけどちょっとは落ち着きも覚えてくれ。
「げっ」
西棟への入り口は校舎の両端に一つずつ、けれど階段は中央に一つしか無い。
西棟は東棟より前に建てられた旧校舎で、今は音楽室やら視聴覚室やらの特殊教室がこちらに集められている。そのせいで作りが古くてこんなヘンテコな設計になっているらしく、利用する側としては甚だ不便。しかし今はそれよりも、その唯一の階段に陣取っているこの面倒くさい先輩二名が問題なのである。
「あの、先輩方は一体こんなところで何を」
「見れば分かるでしょう?いわゆる門番という奴ですわ」
「個人的には君達を応援したいくらいなんだが、アイツの頼みでは断れなくてね」
女子レスリング部主将、3―C組の
女子柔道部主将、3-E組の
翔凰館三大女傑とも呼ばれる、スポーツ主体で脳筋揃いな翔凰館女子の中でも極めつけの武闘派。共にインターハイ出場経験を持つツワモノで、腕だけでなく人格的器も申し分なし。その二人が門番て。しかも口調こそ軽いものの、格好はレスリングウェアに柔道着と完全に本気だ。
「それにしても随分早いと早いお着きですのね、想定ではあと30分は東棟から出られない筈ですけれど」
「……天津坂、お前どうやって東棟から抜け出してきた。まさかとは思うが」
「えーはい、こう二階の窓からチョチョッと……」
はあ、と二人揃ってため息混じりに呆れられる。
「あのなあ天津坂、カポエイリスタであるお前の身体能力は承知しているが、そういうことじゃないんだ。何かあったらお前一人の問題では済まないんだぞ?」
「本当にユニークな方ですわね。私もこれまで様々なアスリートを見てきましたけど、カポエラ使いの陸上選手なんて聞いたこともありませんわ」
「まあ、その辺は人生色々って事で」
元々ウチは貧乏ってほどではないけどあまり裕福でもなかった。別に私は何も不満はなかったんだけど、お父ちゃんが「それでも何か一つくらい習い事に行かせてやりたい」と駆けずり回った結果、近所に住んでた国籍のよく分からない謎のおじさんが良心価格でカポエラを教えてくれることになったのだ。けどおじさんは私が小6の時に母国に帰ってしまい、そして中学には当然のようにカポエラ部がなかったのです。
……等としんみりしてる場合ではなかった。
「あの、一旦それは置いといて、そこ通して欲しいなーとか思ってるんですけども」
「通ってみなさいな、貴女のそのカポエラで」
「我々が組技系だからといって遠慮は要らないぞ?好きなだけ足技を振るうといい。自由組手だと言っておけば名目は立つ」
左右に並んだ二人が同時に腰を下ろし、臨戦態勢に入る。
この狭い廊下で柔道とレスリングとの2対1。状況はほぼ絶望的。
それでも私は、逃げる訳にはいかない。
私はゆっくりと左右へのサイドステップを始める。
「いつ見ても面白い動きですこと。ジンガとか言うんでしたっけ?」
「油断するなよ紅波。一見無駄に見えるが、あの足捌きがあらゆる技の初動になる。次の瞬間どう変化してくるか予想がつかんぞ」
私にとってより厄介なのはレスラーの入谷先輩だ。タックルを食らえば一巻の終わり。なら、最初の標的は決まりだ。――向かって左、司波先輩の方へ急激に踏み込む。蹴り技を警戒してガードを上げるかと思ったけど、司波先輩は反射的に前へ出て掴みに来た。やはりこの人は優秀な格闘家だ。だからこそ、このフェイントが活きる。私は素早く沈んで司波先輩の掴みを躱し、右に飛ぶ。左手を床につけ右足を前に。その右足で床を蹴って左手を軸に反時計回り。私は左足一本で背を向けて入谷先輩の前に着地する。
「なっ……」
「へ?」
浮いた右足には遠心力が残されている。それをそのまま振り回すように上へ向け伸び上がり、左足一本で背面へ倒れ込むように飛ぶ。――フォーリア、いわゆるオーバーヘッドキックである。
「紅波!?」
「こンの……!!」
入谷先輩は腕を頭上で交差させて、それを受け止めていた。カンペキ不意打ちで上から降ってくる蹴りを防ぐとかハンパないな。しかしこれで終わらないのがカポエイリスタ。足をそのまま入谷先輩の頭上に残したまま両手を床に。両手を交差させながらお腹に力を入れて体を捻る。必然脚に再び遠心力が生まれる。逆立ち状態からの、顔面への後ろ回し蹴り!どうだ!
「はい、ごきげんよう」
回し蹴りは空振り、逆立ちで一回転した私の顔の前に入谷先輩の顔があった。
入谷先輩は腕立て伏せのような姿勢で地面にうつ伏せになっていた。
「このように、両脚を素早く後ろに投げ出し伏せるのがタックル切りの作法。貴女の蹴りより速いタックルを、私はこれまでごまんと捌いてきましたわ」
まずっ、と思う間もなく入谷先輩のタックルが飛んでくる。逆立ちだったせいで脚は無事だけど、上半身を抑え込まれてしまう。
「有希子!脚を!」
「分かっている!」
更に司波先輩が脚を抑え、私は完全に封じられてしまった。あっ駄目だこれ詰んだっぽい。
「むーっ!ムグーッ!」
「ああンもうジタバタと往生際の悪い、大人しくなさいな」
「構わん紅波、そのまま落としてしまえ。後続へのいい見せしめにもなる」
入谷先輩がより深く体を押し付けてくる。駄目、いきが、やだ、くにづかせんぱ――
「オラァ!」
「きゃんっ!?」
もう落ちると思った瞬間、急に目の前が明るくなって軽くなる。目を開けるとそこには、
「黒咲さん!?」
「よう、ざまあねえな天津坂」
ヤンキーキックで入谷先輩を蹴り飛ばした黒咲さんが立っていた。
うっそ、立ち直りはやっ。
「ハッ、木刀はまた買えばいい!アイツともう一度一緒にだ!そのために、アタシはアイツに逢いに行く!」
しかも完全に開き直ってる。ヤダつよいわこの子。
「大丈夫か紅波」
「……ええ、別に効いちゃいませんわ」
形勢不利と見た司波先輩が抑えを解いて入谷先輩へ駆け寄る。
「黒咲さん、なんで助けてくれたの。無視して上がっていくことも出来たのに」
「そうしようとも思ったが、お前が落ちた後に追いかけてこられたら面倒だしな。それよりはマシだと思っただけだ」
「……一時協力?」
「今だけな。後でお前もぶっ倒す」
「分かった、今だけね。でも」
入谷先輩と司波先輩、二人が再び階段の前に立ち塞がる。
「即席コンビの作戦会議は終わりか?ならもう手加減は要らないな」
「今度こそ、ゆっくりと眠らせて差し上げますわ」
状況は2対2、数の上では互角。と言いたいけど正直厳しい。
この二人は想像以上に強かった。多分私と黒咲さんでは、勝てない。
「黒咲さん、残念だけどここは一旦」
「あーそれなんだけどな、天津坂。残念ながら時間切れだ」
そう言って黒咲さんは顎で後ろを指す。見ると、何人かの女子が凄まじい形相で走ってきていた。東棟から抜け出してきた後続グループだ。しかもアレは――
「へえ、また陸上部か。今年はイキのいいのが揃ってるね」
「河野森さんも気苦労が絶えませんわね」
そうだ、私にはまだ仲間がいた!今日まで共に汗を流してきた陸上部の皆が!
「くぉらぁ宮古ー!アンタまた二階から飛び降りたわね!?アンタのせいで私ら全員が珍獣サーカス団みたいな扱いになりつつあるのよいい加減にしなさいよ!」
「へー天津坂さんもセンパイ狙いなんだ、びっくりー。私てっきり天津坂さんは男子とかには興味が無いものと。だって天津坂さんほぼ男子だし」
「あまっち、こないだ貸したスパイク代返してよー。利子つけて2万5千円ね」
ダメだ全員敵だった。そういえば私、友達一人しかいないんだったわ。
しかし、今はこいつらをなんとか
「皆、細かいことは後!今は一致団結してこの怪獣たちを倒すんだ!そして国塚先輩に逢いに行こう!」
私はそう言いながらビシーッと二人の先輩を指差す。
「へ、倒す?どういうこと宮古」
「あの二人が道を塞いでるんだ!倒さないと生徒会室へ行けないんだよ!」
「……ぎゃーおー」
「がおー、ですわ」
あ、ノッてくれてる。なんだかんだ良い先輩達だ。
「……頑張って天津坂さん!私達、貴女の恋を遠くから応援してる!具体的には冷房の効いた喫茶店とかで」
「待って待って待って」
そりゃ陸上部の皆は陸上部なんだからガチの格闘家と戦えないことは分かるけどちょっと待って。
「大丈夫、私に作戦があるの!皆だって国塚先輩諦めたくないでしょ!?」
「うぐ、そりゃあまあ。良いわよ、一応は聞いてあげるわ」
「良い?ここには私、黒咲さん、そして女子陸上部の6人、合せて計8人がいる!これを4人ずつにして、両先輩の手足に一斉に飛びかかるのよ!黒咲さんも良い?」
「あ、ああ」
「……丸聞こえなんだけどな」
「けど確かにそれは困りますわね」
そう、8人同時に息を合わせて飛び掛かれば、いくら両先輩でも一瞬抑え込むことは出来るはず。ほぼ同ウェイトでの格闘技戦の限界である。
恋の盲目に囚われた女子8人が、ジリジリと先輩達ににじり寄る。
「……よし今だ、皆かかれー!」
「うわーちょっとちょっと!」
「ヤダ、ドサクサ紛れにどこ触ってますの!?」
流石にこれにはどうしようもないし、元より手荒なことをする気もなかった先輩方はあっさり抑え込まれてくれた。
「よし、やったよ天津坂さん!ここからどうするの?」
「ありがとう皆!君達のことは忘れない!」
ぴょーんと廊下に寝転がる皆を飛び越え、階段を登る。
そう、実は私一人だけ飛びかかっていなかったのです。
「「「は?」」」
「……さあ、オイタはここまでだ」
私が飛びかかってなかった分、右腕が自由な司波先輩がゆっくりと皆を引き剥がして逆に抑え込みにかかる。多分保ってあと3分。けどそれだけあれば充分なのです。
「「……テメエこらフザケンな天津坂ーーー!!!」」
黒咲さんwith陸上部の叫びが階下に聞こえる。ホホホ負け犬の遠吠えは気持ちが良いわ。大丈夫、皆の分まで先輩に愛を伝えてくるからね!
私は一人、階段を駆け上がり生徒会室を目指すのでした。
◇
「……良かったんですの?行かせて」
「まあ大丈夫だろう、四階には京香がいるんだし」
司波先輩の呟きで、下級生一同が凍りついた。
そう、この時まだ私は知らなかったのです。
最悪の怪物がこの上に待ち受けていることを。
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