第2話 開戦

 7月20日、私立翔凰館しりつしょうおうかん高校20XX年度、一学期終業式。

 プログラムは既に後半、校長からの訓示を終えお決まりの学年主任からの夏季休暇における過ごし方及び注意事項に移っているけど、もちろん誰もロクに聞いてない。まあそれは世間一般の終業式の在り方としては何の変哲もないものだけど、我が校においては輪をかけて酷い。生徒の関心は夏休みすらもすっ飛ばし、ただ目の前の大戦おおいくさにのみ向けられていた。学校側も頭の痛い話だと思うけど、半ば自業自得でもあるのでなんとも言い難い。


 「学生としての本分を全うする為に、必要以上の男女交際を禁ずる」

 全てはこのアホみたいな校則に端を発していた。


 必要以上の男女交際とはなにか。必要な交際とはどこからどこまでで、どこからが必要以上なのか。

 『いまどき男女交際禁止というのも時代錯誤だけどもオールOKというのも教育機関として差し障りがあるのでなんとかその中間を取りたい』という中途半端な態度が垣間見える曖昧な校則ではあるけども、こんな一文でも無いよりは効果があるのか、校内にはなんとなく緩めに恋愛自粛的な空気が漂うことになった。元々体育会系寄りの生徒が多い学校なので、なんであれ校則違反をするには心理的抵抗を感じる生徒が多かったらしい。

 そんなフワフワとした恋愛禁止ムードが蔓延しつつも、それはそれとして私達も立派な十代の思春期、恋愛感情から全く無縁というわけにも行かず、そんなモヤモヤとフワフワが混ざりあった結果、生徒たちの間に一つの暗黙ルールが生み出された。

それが『学期中は男女交際を開始してはならないが、終業後はセーフ。季節休み中に関係が途切れなかった場合は次学期中も継続して良い』というトンチキルール。

 この結果、終業式直後はツガイになりたいオスメスが一斉に愛の告白をし始める、ルール無用の青春バトルロワイヤルグラウンドと化す事になった。特に夏休み前のそれが最も盛り上がり、最も激しい争いになるのが通例である。即ち今日です。




「はい、じゃあこれで一学期最後のHR終わり!皆も夏休み中に怪我したりしないようにね~、っていうか差し当たってこの後怪我しないでね……?」


 2-C組担任の中条なかじょう先生は話が分かる人なので、今の状況にも一定の理解を示してくれているのだけど、それでも本音では止めてほしいっぽい。というか例年の馬鹿騒ぎにおいても普通に暴力行為は禁止なので怪我人が出るまでは早々いかないのだけど、今年はちょっと事情が違う。

 既にクラス内の女子達は殺気に満ち溢れており、教室出口に向かって少しでも早く到達するべく体をそちらに傾けている。『バトル開始はHR終了のチャイムが鳴り終わった瞬間から』というのも暗黙ルールの一つ。


 チャイムが鳴り終わるまであと4秒。

 中条先生が少しでも危険を減らすべく、教室出口のドアを開けた。

 

 チャイムが鳴り終わるまであと3秒。

 この異常事態に対して無関係である男子と何人かの女子が、危険を避けるため窓際に寄る。


 あと2秒。

 女子たちが一斉に椅子からケツを浮かせ、スタートの態勢に入った。


 1秒。

 最後のチャイムのフェイドアウト以外、何も聞こえなくなる。


 0。

 怒号。

 学校中の全教室から大量の女子生徒が一斉に飛び出した。その全てが3-B組の教室に殺到する。たった一人の男子に告白するために。


 そう、今年は3年の国塚景吾くにづかけいご先輩が在籍する最後の夏休みなのだ。現時点で校内の半数近い女子から想いを寄せられている事が判明しているこのスーパー超人は学業優秀で容姿端麗、というよりはスポーツマン的爽やか系の細マッチョ。ただそれだけならそこまで珍しい存在ではないのだけど、この人は一体どういう星に生まれついたのか、学校内外、男女問わず生徒達のあらゆるトラブルに何故か居合わせ、片っ端からその身体能力と機転で爽やかに解決してしまうのだ。その全てがあまりにも『運命的』としか言いようのないスマートっぷりで、男子からも圧倒的支持を受け、女子に至っては最早言うまでもなく。


 私にしても「校舎四階の窓から転落したところを真下の二階の窓から飛び出してきた先輩に抱きかかえられ、傷一つ負うことなく華麗に着地」というのが馴れ初めであり、いやそれだけならまだ耐えられたでしょうけども、よりによって先輩は私と同じく陸上部に所属しており、それから否応なくその背中を目で追うことになってですね、その。

 しかし国塚先輩は頼まれるまま乞われるままにそこら中の部活に助っ人として片っ端から顔を出しており、更に加えて生徒会副会長の職務として実質全校生徒と何らかの形で関わりを持っているためこんなことは先輩にとっては日常茶飯事。

 特別に想っているのは助けられた側のみ。そんなことは分かってます。皆分かってるんです、ええ。しかしそれで止められるなら苦労しないのが恋の道というもので、何故かこんな異常なモテ方をしておきながら未だに特定の相手がいない国塚先輩の特別になれる最後のチャンス。どうあってもこの「運命」を成就させねばならぬと、全校女子生徒226人中、実に150名近くが一人の男子目指して一斉に動き出すことになったのです。


「うーわー……予想してたとはいえこりゃ凄いわ……」


 マジで死人が出かねないので前もって廊下を走る事だけは禁止されているものの、150人近い人間が一斉に高速早歩きで移動する勢いたるやまさしく怒涛、教室内に残された生徒と教師は全てが終わるまで、ただ待つしか無かった。

 そして私は、この混乱がこの後さらに加速することを知っている。


 教室中の視線が廊下に集まるのを確認してから私は一人、東棟2階にある教室の窓から飛び降りた。

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