マジックLOVEアワー・クライシス

不死身バンシィ

第1話 決戦前夜

「下校時刻が迫っています。校内に残っている生徒は速やかに下校して下さい。繰り返します……」


 スピーカーからチャイムの後に、下校を促す放送が聞こえてくる。

 校舎に響く音声に「そういえば放送室って同じ階なんだっけ、一度も入ったこと無いけど」なんて他人事のような感想を抱く。

 7月19日、午後6時15分。

 終業式を明日に控え、殆どの生徒がこれから始まる夏休みにテンションぶち上げて足早に下校していったため、校内は既に閑散としています。そんな人気のない夕焼け差し込む校舎内で、ワタクシ天津坂宮古あまつざかみやこは美術室の机に突っ伏したまま、一歩も動くことが出来ません。私ご自慢の肩甲骨まで垂らしたポニーテールも現状を表すように机の上で散らばり放題、その心境たるや8月31日まで課題に手を付けなかったボンクラ小学生の如し、「やらなくては」という焦燥感と「やりたくない」という倦怠感のサンドイッチ状態なのです。


「ミヤちゃん、もうそろそろ帰らないと。外も暗くなってきたわ」


 そんなぐでんぐでんの私を優しく揺すってくれるのは、美術部所属で黒髪おさげと縁無し丸めがねがこよなく似合う、私の唯一の友達であるところの倶利原透子くりはらとうこちゃん。言われて窓の外を見ると、夕焼けが夜の藍色と混ざり始め、グラデーションに彩られていた。雲一つない夏空に、マジックアワーがよく映える。


「んー分かってるよ、もう帰らないといけないよね暗いと危ないもんねだけどね帰ると明日が来ちゃうんだよね」

「そんなに怖いものなの?男の人に告白するのって」


 いきなりゼロ距離でそんな無邪気に本質を突く問い掛けをしないで欲しい。透子ちゃん97%良い娘なんだけど、たまに見せる残り3%が結構怖い。

 そう。私は明日、生徒会副会長の国塚景吾くにづかけいご先輩に告白をする。

 しなければならない。

 何故なら、明日が終われば夏休みだからです。


「なーんでこんな面倒くさい事になってんでしょうね我が校は。いいじゃんツガイになりたい雄雌オスメスは好きにさせとけばさー」


「けど、いつでも自由にって状況よりも、こうやって日が決められたほうが踏ん切りが付くという側面もあるんじゃないかしら。ミヤちゃんもその口でしょう?」


 透子ちゃんが柔らかそうな頬に人差し指を当てる可愛い仕草で、人の心に重石を載せてくる。なんか若干怒ってらっしゃる?


「そんなん言って、透子ちゃんはどうなのさ」

「私は真面目で由緒正しい女学生ですから、校則違反なんて致しませんわ」


 ツーンと、効果音が聞こえそうなほどこれみよがしにそっぽを向く透子ちゃん。

くっそ、そんな仕草も腹立つくらい可愛いわ本当に。


 私の通う、ここ『私立翔凰館しりつしょうおうかん高校』は表向きは文武両道を謳ってはいるものの、その実態は若干武に傾いており、スポーツ方面の育成に力を入れている。そしてそういった高校のご多分に漏れず校則は割と厳しめであり、特に男女関係に関しては『学生としての本分を全うする為に、必要以上の男女交際を禁ずる』という謎の条文が存在しているのだ。なんだ必要以上の男女交際って。ひょっとすると我が校はバカなのでは?


「いや透子ちゃんの場合は告白される可能性を考えておくべきだと思うんだけど?」

「……そんな、事。私は大丈夫よ、私はほら、こんなんだし」


 そう言って、膝下まで伸ばされたスカートをチョンと摘んで見せる。スカートだけでなく、透子ちゃんの制服は全体的にオーバーサイズで、これはボディラインを隠すためのものだ。肩より前に垂らされた黒髪おさげと縁無し丸めがねもその顔立ちを隠すためのもの。

 そう、透子ちゃんは可愛い。目鼻立ちは整い、口元には小さなホクロが慎ましやかに鎮座ましましており、肌も陶磁器のように艶やかに、体つきもたいへんいやらしくあらせられる。そしてそれら全てをひた隠すのが、透子ちゃんなりの処世術なのだ。

それに関して、私から言えることは何もない。何もないけども、もったいないなとは思う。


「いやー分かんないよ明日すんごいことになるかも知れないよ透子ちゃん。私が男ならほっとかないもん」

「そう?じゃあ明日ミヤちゃんが告白を済ませてからでいいから、誰かに貰われる前に迎えに来てね。大丈夫、ちゃんと慰めてあげるから」

「なんでダメなの前提なんですかー!なーんーでー!!」


 あまりの仰りように抗議として手足をバタつかせると、透子ちゃんが悪戯っぽく笑いながら私の手を取ってくれる。この一年、ずっとこの放課後の美術室でこんな風に甘えてきた。何の進展もないダメダメ恋愛トークにも随分と付き合わせてしまった。

多分、私一人ではダメになっていただろうと思う。

 素行と特異性から、女子でありながら校内アンタッチャブルとして悪名を轟かせてしまっている私。

 その容姿と、それを必要以上に隠しているせいで周囲からボンヤリと浮いてしまっている透子ちゃん。


 なんともパッとしない理由で繋がった縁だけども、それだけにこの美術室で過ごした時間は私にとって宝物だ。透子ちゃんにとってもそうであればいいなと思う。


 ひとしきりじゃれ合った後で、私はようやく重い腰を上げる。日もとうに沈み切り、曖昧模糊なマジックアワーの終わりと共に、私達は美術室を後にする。

 明日、私達がどうなるかは分からない。もしかすると、何もかも変わってしまうのかも知れない。もう二度と、放課後に美術室を訪れなくなるかも知れない。

 それでも私は、明日戦いに行くのを止めない。この一年を嘘にしてしまわないために。この一年のことを、この先ずっと覚えているために。

 全てを全力でやりきって、出来れば私はもう一度この部屋に帰ってきたい。

 その時、透子ちゃんは変わらずにこの部屋で私と笑いあってくれるだろうか。

 そうなればいいなと、わがままにも私はそう思うのだ。

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