第19話 光は何処にむかうのか

 第19話 光は何処に向かうのか(著者/ディケ)


「お疲れ美羽。武道館は広くて大変だっただろ。」


 暗い暗い部屋で男が少女、足立美羽もしくは姫神美羽と呼ばれる少女に労う言葉を投げかける。よく見るとその部屋は何か香のようなものが焚かれている。


「ゆっくりと休んで欲しいと言いたいところなんだけどやって欲しいことがあるんだ。」


 男は少女に懐中電灯の光を一定間隔でオンオフしながら言う。だが少女から反応はない。


「お願いはね……」


 男は少女の耳元で何かを囁く。すると少女の肩がビクリと震える。


「まだ抵抗するか。ダメだよ美羽。僕の言うことは聞かないと。」


 男の手の中の懐中電灯の光が一定間隔でオンオフしてるのは変わらないが、その光が目を開けてられないほど強いものになる。しかし少女は目を閉じない。いや、目を閉じる事が出来ない。


「僕のお願いを聞いてくれるね?」


「はい、透のお願いを叶えてあげるわ。」


 少女の目から光が消えていく。そして少女は窓から外へと飛び出していく。


「クククク、アーハッハハハハ。もうダメだ。透ちゃんの真似とか超無理。笑いをこらえるのマジきつかったわ。ヤバい、俺っちの腹筋が笑い過ぎで痛くなりそうっしょ。 マジヤバいっしょ。」


 腹を抱えて男が笑う。

 その男の周囲には黒い影が寄ってくる。


「分かってるって、ビシッとキメてやるって。俺っち達は帰るんだあそこへ。」


 男の周囲の黒い影も同意するように動く。何体ものはぐれ精霊に囲まれた男は呟く。


「待っててくれよメーネ。」


 そう呟く男の表情はまるで幼い少年のようだった。


「逃げて!メーネ!」


 僕はそう叫んだ。明らかにあの男の狙いはメーネだ。


「紗々!君を助けに来たんだ。」


 メーネに向かう男とメーネの間に炎雷で上げたスピードで割り込む。


「邪魔をするな!」


 男は羽になりかけている手を僕に突きつけて止まる。すると風の玉が僕に向かって飛んでくる。


「護の法!」


 後ろにメーネがいるから避けるわけにはいかない。なので即座に炎雷を解除して護の法を発動する。僕の体に炎を纏わせて対魔法の防御を張る。


「これは運命なんだよ!なんで分からないんだ。」


「分からないわよ。貴方が言う運命も貴方の事も。」


 僕を挟んで会話をするメーネと男。


「僕を、足立透を忘れたのか!僕はマンションのエントランスで君を見た時からずっと忘れられないというのに!」


 マンションだって?メーネが地上に降りてきてからマンションに入った事はない。これは明らかにおかしい。


「貴方どうかしてるわよ。正気じゃないわ。」


「どうかしてるのは君だよ紗々!またこいつらは君を生贄に捧げるんだろ!なんで君はそんな事が出来るんだ!」


「それは……私の使命だからよ。貴方にとやかく言われる筋合いはないわ。」


 メーネの答えを聞いた足立からは怒りが溢れ出してるかのようにさえ見える。


「だってさ。正しい場所に帰るのが何が駄目なんだ。貴方の身勝手な主張はお門違いだ。」


「お前は何も分かってないんだ!」


 風の塊を1つ、2つ、3つと飛ばしてくる足立。攻撃自体は強くない。このまま護の法をかけていればダメージはない。なので避けもせずに強引に足立へと接近する。


「分からないよ-----」


 風の塊を受け切った僕は即座に護の法を解除して炎雷を発動する。


「------貴方の言ってる事なんて----」


 スピードを上げた脚力で足立の懐に潜り込む。


「----何一つ!」


 そして腹、顎と連続して炎の球を直接叩きつける。たまらず吹き飛ぶ足立。だが決定打にはならない。魔法使いは少なからず精霊のおかげで魔法に対する耐性があるからだ。


「僕と紗々の運命を邪魔するんだな君は!僕は彼女の為なら何でもするって決めてるんだ。彼女の復讐を手伝いだって喜んでやってきたんだ!」


 話がめちゃくちゃだ。精霊の塔にずっといたメーネに復讐の対象なんて居ないはずだ。だが一方でメーネの事情を理解している節もある。


「いや、違う……違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う…………違う。僕は美羽を……」


 立ち上がった足立が突然動きを止める。

 そしてスっとその姿が消える。魔法による姿隠しだ。


「観の法!」


 即座に観の法を発動する。これは周囲に魔力で作った特殊な炎を撒いて魔力から魔法を識別する方法だ。どんな魔法かを調べる魔法だけど魔力感知としても使える。


「逃げてる?」


 観の法で感知した足立は姿を消して僕らに背中を向けて逃げていた。


「逃げ出した!追いかけないと!メーネはここで以蔵さんと待ってて。」


「私も行くわ。」


 走り出した僕にピッタリとメーネがくっついて来ている。説得している時間は無さそうだ。


「蓮くんこれはいったいどうなってるんだい?」


「後で詳しく話すんですいません!」


 以蔵さんを一人残して、僕らは足立を追いかけるのだった。

 走る事数分。

 僕は1人コインパーキングに来ていた。足立がここに逃げ込んだからだ。もしかしたら足立の車があるのかもしれない。コインパーキングは半分近くが車でうまっている。ちなみにメーネは別行動中だ。


「何をやってるんだ?」


 車に乗って逃げようとしてるのだとばかり思ってた足立は車には乗らずに車の脇でしゃがんでいるようだ。例によって姿隠しは継続しているので観の法で魔力を感知して把握した情報だ。肉眼で足立が見えてるわけじゃない。


「そこまでだ足立!」


 思い切って僕は足立に声をかける。逃げられるのも困るが、何かよからぬことを企んでて、その準備をされるのも困るからだ。


「やっぱり来たんだね。それに姿隠しは意味が無いようだ。」


 ゆっくりと立ち上がる足立。姿隠しは意味が無いと分かって解除したようだ。


「紗々はいないようだね。どこへやったんだって聞くのも野暮か。どうせ答えてくれないだろうしね。それに巻き込む心配がないのは僕にとっても都合がいい。」


 さっきまでの混乱状態から脱したのか足立は落ち着いているように見える。冷静なのだとしたらさっきよりも厄介かもしれない。


「貴方では僕に勝てない。さっきのでそれが分からなかったのか?」


 足立の風は護の法を使った僕に傷一つ付けられなかった。なのに足立は不敵に笑っている。


「それはやってみないと分からないと言うものだ!」


 足立はさっきと同じように風の塊を飛ばしてくる。


「護の法!」


 僕はさっきと同じようにあえて避けないで風の塊を受けることにする。そうする事で無駄だということを分からせよう。


 ドバーン!


 いきなり風の塊が目の前で爆発する。いや、護の法の火に当たった瞬間にだ。


「うぐぁぁぁ!」


 僕はコインパーキングのアスファルトの上をゴロゴロと吹き飛び転がる。


「一体……何をしたんだ?」


 足立が契約してるのはおそらくは風と光の精霊の二重契約。そしてそのため魔力が精霊二体に流れてしまってる。だから魔法に使える魔力は少ないはずだ。それを見越して護の法で受ける選択をしたんだ。なのに僕はなんで吹き飛ばされているんだ?そもそも炎も操れるのか?


「いいざまだね。紗々を追い詰める奴にはお似合いの姿だ!」


 また足立は風の塊を3つ作って飛ばしてくる。


「炎雷!」


 とにかく受けるのは不味い。僕は方針を変えて風の塊を全力で避ける。


「避けたところで無駄だよ。ずっとそれは追いかけ続けるんだからね。」


 風の塊は方向を変えて未だに僕を追いかけてくる。だが炎雷で強化した僕のスピードの方が上だ。このまま回り込んで直接叩く!

 そんな時だ。僕の鼻に独特の臭いが入り込んでくる。


 ガソリン!

 そう思った時には目の前が爆発していた。

 僕は後ろに吹っ飛ぶ。そして吹っ飛んだ先には……足立の風の塊が待ち受けていた。


 不味い。


 僕は咄嗟に炎雷を解除して地面に炎の球を打ち出す。その反動を利用して風の塊の上を飛び越していく。


「がはぁ!」


 なんとか風の塊は避けられたが、僕の運動神経で綺麗な着地なんて望むべくもなく、無様に空中で回転して背中から落ちる。

 頭から落ちなかったのは幸運でしかない。


「ハァハァ……魔法使いだからって科学を疎かにしてはならないか。父さんに言われてた事だったのにな。」


 足立はここに来た時に車の給油口を開けてたのだろう。そこから揮発したガソリンの気体を取り出してぶつけてきていたんだ。だから護の法にぶつかった時に爆発した。ガソリンっていうのは液体じゃなくて揮発した気体が爆発するものだからね。


「ハハハ、貴方では僕に勝てないだったっけ?どうやらそれは君の勘違いだったようだね。」


 足立は僕に手を突きつけて風の塊を僕の方へと向けなおす。立ち上がって避けないと死ぬ。そう思って立ち上がろうと手に力を込めるが体がいうことを聞いてくれない。思った以上にダメージが入っているようだ。なら……


「防の法!」


 風の塊自体はありきたりな魔法だ。防の法をで無効化する事は出来る。だけど、これは悪足掻きでしかない。でも今はそれでいい。


「僕の魔法が出ない?そんな体でまだ抵抗するのか!」


 肩を震わせて怒る足立。


「君にはここで燃えてもらうよ。メーネは復讐する時に人を燃やすんだ。彼女は魂を燃やすけど僕には出来ない。だから僕は君を普通に燃やす事にするよ。ガソリンを使ってね。」


 気体を操作しているのだろう。僕の周りにガソリンの気体が集まってきている。目に見えるものじゃないけど臭いで分かってしまう。僕にはもう逃げる力も残ってはいない。動くのは口くらいなものだ。


「足立さん、貴方が言ってるのはメーネじゃない。姉さん、姫神美羽の事じゃないのか?」


 だから口を使う事にする。時間を稼がないといけないからだ。生きるためにも。鈴を助けるんだからこんな所で死ぬわけにはいかない!


「美羽……そうだ僕は…………いや違う!僕を惑わすな!僕は紗々を……」


 もうダメなのか?姉さんの名前を出しても少ししか足立は止まらない。足立はポケットに手を突っ込んで何かを取り出そうとしている。おそらくはライターだろう。それを取り出して投げられたら終わりだ。いくらサラが炎を使う精霊だからといってガソリンの爆発なんてひとたまりもない。


「待たせたわね蓮。間に合ったかしら?」


「何とかね。出来たらもう少し早かったらって思わずにはいられないよ。」


「なっ!紗々?」


 メーネがゆっくりとコインパーキングへと入ってくる。


「領域擬似展開。メーネの名においてここに顕現せよ。精霊の塔!」


 その呪文と共にコインパーキングの景色が消えていく。不鮮明で曖昧な空間。つまり精霊の塔へと書き変わっていく。

 驚きはしない。予めこうなると聞いていたからだ。

 それは遡ること少し。足立を追いかけてコインパーキングへとやってくる少しだけ前に戻る。

「あの人は精霊の記憶や残った思いに引っ張られてるわ。」


 走りながらメーネがそう言ってくる。


「それは足立って人の意志じゃないってこと?」


「そうとは言えないわ。想いがグチャグチャになってきっと分からなくなってるのよ。」


「そうなってくると、ただ倒すってだけじゃダメだよね?」


 どうしたものか。


「それは私に任せて。蓮は時間を稼いでくれないかしら?」


「それはいいけどどうするつもりなの?」


 ふふんと自慢げに笑うとメーネはその内容を口にする。


「精霊の塔を展開するわ。それで契約を強制解約よ!」


 そして時間は現在に戻る。


「さあお仕事を始めようかしら。」


 メーネはいつもの仕事だと言わんばかりな気楽な調子で足立に近づいていく。


「紗々?これはいったい何をするつもりなんだ?」


「すぐに済むわ。」


 そう言うと両手で足立の胸を押す。すると足立の中から光の玉のような精霊とまるで物語に描かれる妖精のような小さな人の体に羽の生えた精霊が押し出される。


「はい終了。」


 あまりにもあっさりしていた。拍子抜けするほど容易く足立は精霊との契約を解かれていた。そしてメーネの終了宣言と共に精霊の塔も消えて元のコインパーキングに戻る。なんでも展開していられるのは少しの時間が限度らしい。


「僕の精霊が……」


「もう貴方は大丈夫よ。だから思い出して、貴方の本当の想いを。貴方が助けたかったのは私じゃないはずよ。」


 優しく告げるメーネ。こうなると僕はもう成り行きを見ているくらいしかやる事がない。


「僕は……僕は……そうだ僕は美羽のために生きると決めてたはずなのに。」


 足立の目からは涙がこぼれる。きっと彼はもう大丈夫だろう。精霊との契約が解除されたので鳥の羽のようになっていた手も戻っている。


「美羽?」


 タイミングを見計らったかのように姉さんがコインパーキングの入口に立っている。


「美羽!」


 足立さんが姉さんに向かって走り寄っていく。


「ゴメンよ美羽。僕は君の為に生きると決めてたのに君を蔑ろにしてしまった。」


 謝る足立さんに対して姉さんは何も言わない。なんか様子がおかしい様な。


「美羽?どうしたんだい?僕とは口を聞きたくないほど怒ってるのかな?」


 足立さんも姉さんの様子がおかしい事に気づいたようだ。でも気づくのが遅かった


「ねえあなた、透の為に燃えて!」


 姉さんが足立に向かって手を突き出す。すると炎が足立を包み込む。


「うぁぁぁぁぁ……何でこんな。そうかアイツか!海神ーーーーー!」


 怨嗟の声を上げて燃える足立さん。それはあっという間の惨劇だった。僕は為す術もなくそれを見ている事しか出来なかった。


「お願いは叶えたわよ透。」


 虚ろな笑顔でそう言うと跳ぶように夜の闇へと消えてった。


「行っちゃった。あっ!精霊達もいないわ!」


 ゴタゴタで目を離している間に二体の精霊もいなくなっていた。そして……


「黒い穴?精霊の塔が開いているのか?まさか、足立さんの結界が無くなったからなのか?」


 事件はまだ終わってはいない。そう告げるように漆黒の穴は天に空いていた。

 翌日 桜峯高校


「そうか、お前は俺と同じなんだな。」


 氷矢は精霊ルーに手を差し伸べ契約する。


「助けよう。もう近しい誰かを失いたくないよな。俺もお前もさ。」


 そして事件は次のステージへと進むのだった。

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