第17話中 悠久の雹鳥

17話中 悠久の雹鳥 (著者/月乃ハル)


 今までのは刈谷里香の走馬灯に過ぎない。

 足立美羽という人物に魂だけ燃やされ仮死状態になりかけていたからだ。しかし。

「…………熱いです」

 美羽が刈谷里香を、そしてここ武道館に居る人を全て魂焼却した後すぐさま離れて行き暫しの沈黙が佇んだ所で彼女はパチリと目を覚ます。

 彼女、いやこの武道館に居る全員が浴びた炎は美羽と契約した精霊ジャック・オー・ランタンが持つ魂焼却という魔法。それなのにも関わらず一度は遠のいた意識が不思議と戻り彼女は目を覚ましたのだ。

「ちょっとは手加減して欲しいものです……」

 何事も無かったかのように立ち上がり体についた煤を手で払っていると驚いたことに焼かれる前の姿に戻っていた。

「危うく私も完全に魂を焼かれるところでした……それにしてもお久しぶりですねニクス」

「お久しぶりです里香、もうかれこれ……十年は立ちますか?」

「多分その位は経っていますよ。それにしてもニクスが出てきたことで《忘刻》の効果も殆ど無くなりましたね」

「そうですね、折角忘れていた記憶を呼び覚ましてしまい申し訳ございません」

「謝らなくても大丈夫ですよ。仕方の無いことですから」

 里香の隣には何も無いのだが、まるで最初からそこにいたかのようにあの精霊が立っていた。

 しかし人と同じくニクスもまた背が伸びたりと精霊ではほぼありえない成長期が訪れているようだった。そしてやはり鳥の羽毛を催している特徴的なピンでこめかみ部分の髪を止めているだけ、そして白く艶のある髪もふわっとしており肌も白く一見少女にしか見えないのだがちゃんとした美少年にしか見えない。

「そう言えば里香、先程黒精霊を二体感じ取れたのですが何かわかりますか?」

「二体……?恐らく一体は足立さんだと思いますけど……」

「里香もわかりませんか……」

 燃え盛る武道館の中を何とか歩きロビーへと向かいながら彼女たちは黒精霊ーー契約者の意思や欲望等に侵され黒く染まった精霊のことだーーについて話をする。直後うっすらとだが人の声が彼女の耳に届いた。

 それは外から聞こえるもので彼女も知っている人物、星神氷矢の声だった。

 しかし彼女はここから出る訳にはいかない、足立は彼等に生徒会長も燃やしたと言っているだろうと予想がつき、もし出たとすると氷矢からして彼女が無事であることに喜ぶだろう、しかしその後に何故無事なのか問われる羽目になる、この短い時間で一瞬にしてその事が予想できたのだ。

 それから間もなくして氷矢の声が聞こえなくなりパチパチと燃える炎から聞こえる音のみ彼女の耳に残る。しかし武道館はこういう事態に備えているのかとても頑丈で崩れる気配はなく一部のところはスプリンクラーが作動し水浸しになっていた。

「そろそろここを離れて御三家の使命を果たしましょうかニクス……いえ、悠久の雹鳥」

「仰せのままに」

 パキっという氷が割れるような音がした瞬間彼女達はその場から……その場に何も無かったかのように消えた。


 ーー


 ーーー


 ーーーーー

「美羽はどこでしょうか、早く会いたい……早く会って救ってあげたいです。そしてあわよくば本当の気持ちを……」

 数分後里香はビルの頂上に立っていた。

 風に乗る長い黒髪は一本一本がまるで生きているかのように靡ている。そしてくいっと靡く横髪を細く華奢な指で広い耳にかけつつ街中を見渡していた。

 そんな彼女はここに来るまで足音一つ立てていない雹鳥が憑依し与えた力、亜空間移動によりビルの上に現れたからだ。

 しかし彼女からはとても大きな魔力を感じず、ましてや彩のようにどこかが変化している様子はない。否、外見には変化がないのだ。

 雹鳥が代償として我が物にしたのは彼女の心臓いのちなのだから。


 一方透は穴が空いていた空を見て不敵に笑っていた。

「あぁ、メーネ、俺に……僕に逢いに来てくれたんだね。待っていて今すぐ迎えに行くから」

 ゆらりと街中に佇みまるで酔っ払いかのように、まるでゾンビかのようにゆらり、ゆらりと足を進めるのだった。

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