第17話上 悠久の雹鳥

 17話上 悠久の雹鳥(著者/月乃ハル)


「氷矢君……」

「………………」

 まだ彼等が幼い頃、氷矢と呼ばれる少年は目の前で両親が血を流しているのを目撃し彼か持つ魔法で部屋の向こうに時間、空間全てを止め閉じ込めてから数分、一人の少女が彼の目の前に立っている。

 その少女は当時星神家のお隣さんだった刈谷里香。何かを感じ取り訪れたのだ。

 しかし訪れた時には既にひとつの部屋は開かずの間と化していた。

「氷矢君……何があったの?」

 彼女はそう問うが返事がなかった。

 決して屍になった訳では無いただただ目の前で起こったことが余りにも衝撃的すぎて言葉を失い心ここに在らずのような状態になっているのだ。

 しばらく沈黙が続くとまるで幽体離脱でもしたかのように彼の身体からひょろりと一匹の狼が出てくる。

 それは精霊と呼ばれる生き物で彼から出てきたのはふわっとした毛を持つ狼姿の氷の精霊ガルフリード。

「よう……里香姐、今こいつはこの通りだが……どうかしたか?」

「あ、ガルフリードさん、どうかしたかってただ膨大な魔力が感じ取れたので……どうしたのかなって思いまして」

「ああ、ちょっとな……」

 悲しげな表情ーー動物だから表情はほぼわからないのだがーーで彼女にありのままを話す。

「という事だ……」

「なるほどです……だから心ここに在らずのような状態なのですね」

「ああ」

「分かりました……ニクスできますか?」

 と彼女が言うとガルフリード同様彼女の体の中から一人の少女が現れた。

 いや外見が少女に見えるだけで実際は少年、つまりは男の娘というやつだ。

 ただとことん人に近い体つきをしており、こめかみ部分に付けている鳥の羽を催した印象的なピンがあるものの一見公園で遊ぶような元気な子供にしか見えない。

「なにをするきだ里香姐」

「このままでは生きる屍になりかねませんし……それにわかりますよねニクスの魔法がどういうものか」

 彼女が契約している精霊ニクス、ニクスはガルフリードと同じ氷の精霊だが、その精霊の中でも珍しく上級の魔法である時間系の魔法しか使えない精霊、攻撃系統の魔法は一切使えない言わばサポート型の精霊である。

 そして今ニクスが使おうとしているのは特定の記憶を思い出さないように記憶だけを閉じ込める魔法。

 この対象は彼だけではなく周囲にいるもの全てに対しての魔法のため術者である彼女の記憶も無くなる。

「ニクス、《忘刻》を使って下さい」

「正気か!里香姐!」

「ガルフリード、里香がそう仰っているのですから止めるのは失礼に当たりますよ」

 だがとガルフリードは言うが二人の意思は固く。

「止めるのも無理はありません。ですがガルフリードさん、私はこの魔法をまだ完全に制御できるわけではないので……それにニクスはあまり知られてはいけない存在なので」

「そういうことですガルフリード。……さてそれではまた何時か会いましょう里香、ガルフリードそして…………星神家」

 そう言って一度パンと手を叩くと唐突にニクス以外の全てが眠りにつく。この手拍子は《忘刻》の動作で、それにかかると翌日の朝までは決して目が覚めることの無い眠りにつく。そして目が覚める頃には氷矢はその日起きたこと、そして刈谷里香のことを忘れ、里香も同様にその日のこと、氷矢、自身が精霊と関係のある《御三家の一つ日之神家の家系》だということを綺麗さっぱり忘れる、いや正確にはそれらを絶対に思い出すことの無い檻に閉じ込められたとでも言うべきか。

「ここからが大変なんですけどね実際」

 皆が眠りについたのを確認するとニクスは……いや悠久ノ雹鳥は幼き里香を小さな体で背負い外に出る。

 これもニクスの仕事、眠りについた者を自然的に寝かせるべくわざわざベッドまで運ぶのだ。

「重い……なんて里香の目の前で言えませんね」

 そして氷矢には親がいたことは確か、しかし今は居ないとなると起きたとしても違和感を感じてしまう、そのことを踏まえた上で里香を自宅のベッドに寝かせたあと、何とかして居ないことは的確にされども扉のことは触れずにと試行錯誤の末、事故死というふうに後日誤魔化すことにした。


 ーー


 ーーーー


 ーーーーーー


 翌日、彼は問題なく記憶を閉ざされた状態で目を覚ましたのだがーー


「「大切なことを忘れているような」」


 ーー同じく記憶を閉ざされた彼女は不思議そうにそう思っていた。


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