第15話下 龍は空回り狼は暴走する……そして

 15話下 龍は空回り狼は暴走する……そして(著者/ディケ)


「中でいったい父さん達は何を話してんだ?」


 10歳くらいの少年が扉に耳を押し当てて中の話を聞こうとしている。ただその試みはあまり功をなしてはいないようだ。それでも微かにだが少年の耳に届いてはいる。


「……つみくん、き……みは…らの…ちぞ………いう…はわか……いるが、はな……とは…きない。」


 扉の向こうからは何やら揉めてるのか刺々しい雰囲気だ。


「ひみ……ほし…みで……せんし……という……すか?」


 ふむふむと難しい顔をする少年。中の話などわかるはずもないのに分かってますよみたいな顔をしようとしている。


「ぎし……ょうの………はだんじ……しえられ…い。」


「そう……か。わ……ました。」


「なっと……てくれ…か。」


 どうやら話が終わるようだ。このままここにいてはバレてしまう。そう思って少年は扉から離れようとしたその時だった。


「なら死んでください。」


 その言葉だけハッキリと少年の耳に届いた。

 部屋の中で魔力が一気に高まる。その魔力で不安にかられた少年は扉を思いっきり開けていた。


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 父の胸に光が刺さっている。隣には呆然とする母。そして父の胸を刺す男。少年は扉の前から1歩も動く事が出来ない。


「子供がいたのかなら丁度いい。聞こえてるんだろ精霊。君は知ってるよな?そこの子供を殺されたくなければ教えてくれよ。」


 男が何か少年に分からない話をしている。それでも男が少年に危害を加えようとしているのは分かる。


「やめてください。氷矢には手を出さないで!」


「僕は本気だよ。まだそれが分からないのかな?」


 ゆっくりと見せつけるように男の手が母へと向けられる。よく見ると手には懐中電灯が握られている。


「僕の精霊ははぐれで強くはないんだけどね。収束と増幅。これを使うとただの懐中電灯もビーム兵器になるんだ。こんなふうにね。」


 かちりと男の指がスイッチをスライドさせる。すると光が懐中電灯から不自然な程に細く出て母の肩に突き刺さる。


「あぐぅ……」


 肩を押さえる母。少年は震えて1歩も動けない。


「まだ出てこないか。次は子供の方にしよう。」


 男の手が少年へと向けられる。そしてスイッチが入れられる。


「氷矢…逃げて…」


 ドンッと少年は母に突き飛ばされる。前のめりに倒れる母。母の腹には穴が空いて血がゴポゴポと溢れだしている。


「母さん!嫌だ母さん!死なないでくれ。」


 母にすがりついて泣く少年。


「血が、血が溢れてる。止めないきゃ……止める止める止める。」


「嘘だろクソガキ。お前何しようとしてるんだ!」


 少年の中で魔力が異常なまでに高まっていく。


「やめろガキが!」


 少年を殺そうと男の手が少年へと向けられる。その時だった父の中から金色の狼が飛び出して男に襲いかかる。


「離せ!このケダモノが!」


 男は組み伏せられるもなんとか狼を蹴りはがして立ち上がる。だがその時には少年の魔法は発動寸前まできていた。


「クソガキが!チッ、もうダメだな。」


 男は窓から逃げていく。


「母さん、父さん、死なせたりはしない!」


 少年の魔法が発動する。それは氷結魔法の最高峰。時間の氷結。それが発動する。いや、暴走する。


「やめろ兄弟!それはやっちゃならねぇ!」


 少年の中から銀色の狼が出てきて叫ぶ。

 それでも遅かった。魔法は暴発して荒れ狂う。部屋の中の空気が止まる。音が止まる。時間が止まる。死に行く両親が止まる。時間が止まる。


「やべぇ、これじゃあ兄弟ごと氷結しちまうぞ。」


 銀色の狼が慌てている。その時、金色の狼が走り少年を加えて放り投げる。宙を舞う少年はそのまま飛んで部屋の外へと転がる。それと同時に部屋の時間が止まる。銀色の狼もギリギリで部屋から出てきたようだ。

 そして扉は閉まる。取り返しがつかないままに


「うーん、寝てたのか。」


 首をコキコキと鳴らしつつ体を起こす。何故か地面に座ってベットに伏せるようにして寝てたらしい。


「おはよう。」


 そんな声とともに目を開けて声の方を見る。そこには神代月先輩がいた。


「おはよう。」


 そして部屋にはなんとも言えない空気が流れるのだった。


 ここは精霊の塔。

 そこは守護者がいなくなった空間。曖昧でなんだか分からないそこに1人の少女が立っている。守護者だった少女とは違う。しかし少女もまた守護者だった。いや、守護者になったばかりと言うべきだろうか。


「魂が詰まってる。浄化を急がないと。」


 守護者の少女が呟く。まるでずっとここで役目を果たしていたかのように。しかしそれは違う。少女は元の守護者であるメーネではない。


「違う……私はそんなんじゃない。私は……助けて……れん君。私が私じゃなくなる。」


 その少女は鈴と呼ばれていた者だった。

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