第12話下 契約とすれ違う心情、そして少女は独りその重責を担う
12話下 契約とすれ違う心情、そして少女は独りその重責を担う(著者/ソルティア)
「精霊の塔?」
彩が聞き返した。それは始めて聞く単語であった。
「せや。精霊の塔っちゅうんは精霊にとっての故郷みたいなもんや」
答えたのは、サブロウであった。
「犯すべき禁忌、生と死の境目にあるのが精霊の塔」と渉、「御三家ってのは、その塔に何かが会った時の為の抑止力ってわけだ」
「それで」と彩、「抑止力ってのは、具体的にどういう事?」
渉は一つ嘆息してから、答えた。
「それを話すには、まず色々背景とか、役割とか、諸々を話さねばな」
渉は、彩の周りをウロウロと歩き始めた。
「まず、御三家っての他に、三柱ってのがある」と渉、「役割は、精霊の塔の守護だ」
「けど、守護ったって、精霊の塔を物理的に守護することなんてできへん」
彩は頷いた。
「じゃあ守護とはなにをするか」と渉は、彩の右斜め後方で立ち止まった。
「それにはまず精霊について話さアカン」
彩は渉の方へと向き直ると、また頷いた。
「精霊ってのは、契約者を魔法使いにする、神秘的な存在の事だ」と渉、「それぞれに出来る事があり、またそれが契約者の使える魔法となるわけだ」
「ただし精霊っちゅうんは、本来は人間の手に負える代物じゃないわけやな」
彩はまた頷いた。リビングの向こう、キッチンの奥で、彩の両親も熱心に話を聞いていた。
「そう、精霊ってのは厄介なものさ」と渉、「ときに彩ちゃん、ジャックオーランタンって、知ってるかな?」
彩は「えっと」と少し考えるような仕草をしてから、「ハロウィンの時に飾る――魔除け?」と答えた。
「それは今の通説。本来は、ウィルオウィスプ――つまりは鬼火伝承の一つだったんだ」
「鬼火……」
彩の繰り返すような呟きに、渉は頷いた。
「要するに、精霊って一口に言っても、良いやつだったり、そうじゃないやつもいる」
「じゃあ、あの時の精霊は……そうじゃない方?」
しかし、渉はかぶりを振った。
「いいや、そうじゃない」と渉、「本来精霊ってのは、魂の事なんだ」
「その魂が精霊の塔に行き、分別される」とサブロウ、「そうして塔を介して、集合体となったり、或いは単体のままだったりして、精霊となるっちゅうわけや」
「つまり禁忌とされてるのは、本来生きてる魂が塔にいけば、その死を早めてしまう可能性があるからだ」
彩は、わかったのか分かっていないのか、微妙な表情でいた。
「で、問題はこっからや」
「問題?」
彩が問い返すと、また渉は頷いた。
「分別されたとき、悪しきものは浄化されるか、或いは外で彷徨うことになる。これが悪霊とか、心霊現象とか、つまりそういった類を引き起こす幽霊ってやつだな」
幽霊と聞くと、彩は少し体をビクつかせた。
「精霊には二種類おって、はぐれと純正があるわけや」とサブロウ、「そのはぐれってのは、塔ではなく、外で形作られたものなんや。そのあとで塔に向かい入れられ、そうして浄化される。やけど、このはぐれってのが面倒で、純正より黒くなりやすいんや」
彩は首をかしげた。
「黒く?」
彩が尋ねると、「せや」とサブロウが答えた。サブロウは頭の上で毛づくろいをしていた。
そうしてまた渉が彩の周りを歩き出すと、口を開いた。
「精霊ってのは、さっきも言ったように意思がある。だからこそ、いい精霊とそうじゃない精霊がいる」
「黒くなる、っちゅうんはつまり、いい精霊がそうじゃなくなるわけやな」
「即ち三柱の存在意義は、塔の守護――つまり、悪しきを奪った精霊の塔に対する憎悪を宿した可能性のある、そういった精霊の浄化だ」
「浄化……」
彩が呟くと、渉は本来の位置――元の彩の正面で立ち止まった。
「じゃあ、御三家ってのは?」
渉は頷くと、徐に口を開いた。
「御三家の存在意義、それは浄化と――染まりきった精霊の、抹殺だ」
「抹殺って!」
彩は驚愕の表情を見せた。けれど、渉は構うことなく、さらに続けた。
「精霊が黒く染まる事ってのは、実際にはものすごく稀有な事だ」と渉、「条件は、契約者の感情に左右されやすいが――よっぽどな状況にならなきゃ、そうはならない」
「どうして?」
「契約精霊は黒に染まり切ると異形化する」とサブロウ、「そしてそのまま放置すると、やがて契約者が死ぬからや」
「死ぬって――!」
彩は、またも驚愕に目を丸くした。しかし渉はやっぱり、冷静に続けた。
「契約を結んでいない精霊ははれて妖怪だとか、化物だとかに生まれ変わり、精霊ではなくなる。そうしてそういった連中はやがて存在を忘却され、そうして完全に消滅するってわけだ」と渉、「なにせ、染まりきっちまうと浄化はもうできねぇ。だからこその御三家なわけだ」
彩は困惑した。御三家には役割がある、と渉は言った。それは、抑止力だと。そしてそれはつまり、黒く染まった精霊を浄化し、異形化した精霊を――殺す事だと。ならば何故今彩の元に権限したのか。答えは、すぐに出た。
「じゃあ、ほっといたら――ダメなんじゃないの」
「せやろなぁ」
サブロウが間の抜けた返事を返した。
「実際、チラッとしか見てないが、結構な染まり具合ではあったな」
「だったら――」
しかし、その先を渉が遮った。
「だとしても、あれはまだ異形化してはいない。つまり、三柱が気づきさえすればまだ間に合うんだ」と渉、「それに、言ったはずだよ。切れるなら、この縁は切るべきだと」
しかし、彩の瞳には決心の色が宿っていた。そこには、有無を言わない確かな使命感と、意思があった。即ち――
「だとしても、私が取る選択は――」
周辺は静寂に包まれいた。空にはポッカリと空いた空洞が、深淵を覗かせていた。だといのに月も、星も何事もなかったかのように、ただその存在だけを主張する。
月光に輝くのは一人の彼女であり、彼女は一人不敵な笑みを浮かべた。
「見て、くれたかしら」
――言葉を発しなくなってから久しいジャック・オー・ランタンは、その不敵な素顔を彼女にのぞかせた。彼は、その不気味な姿を暗闇に溶け込ませ、彼女の隣を浮遊していた。
「きっと、また透は私に振り向いてくれる。だから――」
「そんなことをしても、誰も振り向いてなんかくれないよ。足立さん」
唐突に、声が投げかけられた。その声は、彼女――美羽にとっては、間違いなく身近な存在であった。
「また……邪魔するんだ」
美羽が振り返ると、そこには、三対六翼の翼を身にまとった少女が美羽に向かって歩いてきていた。その羽はグラスウィング・バタフライの羽のように透明で、それでいてライラックニシブッポウソウの羽のように、数多の光を反射させていた。形状はミミズクの羽のようで、その一枚一枚が目に見える青白い光を発しており、そしてそれらは間違いなく彼女の背中から生えていた。その羽の持ち主は、月光に生える銀の髪をした――神代月彩であった。髪色こそ違えど、その声は間違いなく彩のものであった。
「うん。私は何度だって邪魔してみせる」
彩は、美羽の正面で立ち止まった。
「へぇ。どうして?」
見れば、彩は先日のように半端な精霊の降霊ではなく、確実にその力をモノにしていた。
つまり、彩が正式に契約を結んだんであろう、と美羽は結論づけた。
美羽にはわかっていた。力をものにした御三家に勝つことなど、ほぼ不可能であると。それでも――
「私はね、足立さん。貴方を救いたいの」
彩は、怯むことなく真っ直ぐに、美羽を見据えていた。
「――いいわ。かかってきなさい!」
それでも美羽は、彩をまっすぐ見据え返していた。
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