第12話上 契約とすれ違う心情、そして少女は独りその重責を担う
12話上 契約とすれ違う心情、そして少女は独りその重責を担う(著者/ソルティア)
「さて……」
リビングには妙な緊張感が迸っていた。雑多な家具や小物の類を全て端に寄せたここは、かなりの広さであった。
「彩ちゃんには、二つの選択肢がある」
そう言うのは、リビングの中央に立ち尽くす彩の正面にいる男――灯野渉。
ここは、神代月家であり、質素な外見には似つかわしくない、と言うより想像できない程には広かった。壁が薄い分に間取りが広いだとか、そういうことではなく、純粋に広いのである。その上、あちこちに置かれている小物一つとっても、そのどれもが見るものを魅了する輝きを放っている。カーテンであっても、一見なんら普通のものと変わり無いのだが、よくよく観察すれば清楚で、煌びやかで、また触ってみればその手触りに驚きを感じるであろう。照明ひとつとっても、飾り過ぎない質素な、それでいてその存在感を漂わせるシャンデリアが、妙にこの家とマッチしていた。
「二つ?」
彩は聞き返した。
渉はうなづいてから、続けた。
「そう、二つ。一つは封印、つまりその龍を追い出してしまう事」
「ほんでもう一つが、正式に契約を結んでしまうっちゅうこっちゃな」
渉の言葉を遮り、その頭に乗る手乗りサイズの黒猫――サブロウが続けた。
「どっちが、一番いいの?」
「普通に考えるなら前者だな」と渉、「魔法の世界ってのはロクなもんじゃない。だから切れる縁は切るべきだし、忘れた方がずっと楽だよ」
彩は思案した。確かに、魔法などという強大な力を手にしてしまって、その先に何があるのだろうか、と。見えた解は、何もないがある、というだけであった。より正確に言うならば、いい事は何もない、であるが。
しかし、彩にはどこか引っかかるものがあった。即ち――
「なんで、今なの」
「そりゃ、早いほうがいいだろうし――」
「そうじゃなくて」と彩は透の言葉を遮り、「どうして、今その龍が私の元に現れたの」
その問に、渉が間髪入れず回答を下すことは無かった。自然、そこには沈黙が生じた。彩は強い眼差しで渉を射抜くのに対し、透は目を逸らした。
「……御三家ってのは、抑止力なんだよ」
たっぷりと間を置いて、渉が口を開いた。
「抑止力?」と彩、「それは、何に対する抑止力なの?」
渉は、再びの間を置いた。長いようで短い、短いようで長い沈黙は重圧を産み、緊張を産み、彩はじっと透を見据えた。
「――精霊の塔、聖域を犯す者への、だ」
そうして、渉がゆっくりとその言葉を外に吐き出した。
◇◇◇
意識が遠のいて行くのがわかった。直前の記憶は最早遥か彼方で、だというのに鮮明に目の前に浮かんできた。
目の前で倒れゆく人々、逃げ惑う人々。
じゃあ、私は?
私は立ち尽くした。恐怖と、驚愕とが混迷し、ただ呆然と、目の前で人々が焼かれ、けれど肉体を保ったまま意識を失っていく様を見届けていたのだ。
楽しい記憶になるはずだった記憶が、一瞬にして塗り替えられた。それは、他でもない私の憧れの存在によるものだった。
「どうして……なんですか」
「認めないのが悪いのよ」
短い会話が思い起こされた。その時の私の表情は、きっと悲しみに溢れていたはずだ。その相手は、私の事を見て、言った。
「私、あなたのこと――嫌いなのよ」
だけど不思議だった。その表情は憎悪に満ち溢れたものではなく、憎悪の中に憂いが入り混じっていたのだから。
「こんな事をしても、誰も姫神さんを認めたりはしないです!」
けれど私のその一言で、その人は怒りをにじませた。
「違う」
「もうやめて?」
私は優しく悟らせるように言った。
「あの人は認めてくれる」
「そんなことはない」
けれど、その存在は私に対して炎を放つことを躊躇おうとはしなかった。
「あの人は、居場所を提供してくれた。私に苗字をくれた。家族になってくれた」
私は既に、炎に身を沈め、静かに倒れようとしていた。
「あの人が私だけを見てくれていないのは分かってる。もう、一年前とは違う事くらい……わかっている」
「もう……やめて……?」
私は錯綜とする意識の中で、かろうじて声をだした。
「やめて……美羽」
「やめないよ、里香。あの人が認めてくれる限り。だから……おやすみ」
どうして、周りを見ようとしないの?どうして、私を見ようとしないの?ねぇ、美羽。私はあんなにも貴方を――認め、尊敬し、憧れていたのに。いつも周りに多くの友人を置いて、楽しげに会話を弾ませる美羽。誰彼隔てなく笑顔を振りまく美羽。私は、貴方に憧れて、生徒会長にまでなったのに。
変わりたかった。地味で、勉学だけが取り柄の私を、変えたかった。私を変えのは紛れもない、美羽なんだから。
ねぇ、美羽。もしも、私が貴方を救えるのなら、私は何も躊躇らわない。何も、そう何も。だから――私は貴方を救いたい。
沈殿する意識の先で、私は一つの奇跡を――願った。
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