第11話 塔は正位置にて役目は狂い出す
11話塔は正位置にて役目は狂い出す(著者/ディケ)
とある人物の日記より抜粋
20xx年〇月×日
僕は運命に出会った。
あんなに美しい存在に今まで会ったことがない。一目惚れだ。
僕の人生は彼女のために使おう。
20xx年△月〇日
ここ数ヶ月、僕は彼女の事ばかり考えている。色んな本だって読んだ。ちょっとでも彼女が喜んでくれるなら何だってする。
いつの日になっても構わない。どうか僕だけを見て微笑んで欲しい。きっとそれだけで僕は報われるだろう。
星神家の氷矢の部屋
「これから魔法使いの家系についてのおさらいだ。しっかり聞いて覚えてくれよ兄弟。これから姫神んとこのボウズとも行動することがあるんだ。家だって由緒ある魔法使いの家系なんだからよ。」
偉そうに講釈を垂れるガルフリード。絵的には犬に教えを乞う人間の図だが、人目もないのだし考えるのはやめておこう。
「いいか兄弟。魔法使いの家系として覚えておかないといけないのは御三家と三柱の一族だ。」
「三柱の一族? 」
「おいおい兄弟そこからか。自分のルーツくらいは把握しとけよな。」
心底呆れたみたいな感じを隠さないガルフリード。
「三柱の一族ってのは星神家、姫神家、海神家の3つの家の事だ。」
そう言えば聞いたことがある。父さんが言うには……
「精霊の塔を守護する役目だったか?」
「その通りだ兄弟。とはいえもう形骸化して久しいもんだ。兄弟がすっかり忘れちまってるくらいにはな。」
「悪かったな忘れててよ。」
いつもながら一言余計だ。
「そんでもって対になるのが御三家ってわけだ。奴らの役目は抑止力だ。要は俺達がヘマしたときに出張ってくるのが御三家って事だな。」
なるほどな。そう言えば父さんもそんな事を話してくれた気がする。
「抑止力か。渉が言ってた天之風雷御龍だな。」
昨日の夜の戦闘の後のことを思い出す。
俺と渉はお互いの知ってる情報を交換した。
俺が見た火災跡の事。蓮の姉の事。そしてお互い感じた魔力について。
「星神さん、僕達はそれぞれ追いかける理由があります。ここは協力しませんか?」
「分かった。お互い何か情報を掴んだら連絡しよう。それと俺の事は氷矢と呼んでくれ。」
「なら僕の事も蓮と呼んでください。」
「よろしくな蓮。」
そしてその夜はそれでお開きとなったわけだ。
「でも確か御三家って途絶えて久しいんじゃなかったか?」
「親父殿が昔話してた感じでもそうだったぜ。まああんな龍が出てきた以上は残ってたものがいたんだろうぜ。兄弟の記憶みたいにな。」
「不確かで悪かったな!」
昼前の部屋の中で俺の声が響く。いかんいかんクールだ。クールになれ。
「御三家は月之神、日之神、夜之神だ。どこの家が残ってるか分からねえ。天之風雷御龍は知名度が高いがどの家かまでは親父殿も言ってなかったからな。」
「途絶えていると言えば海神もじゃなかったか?」
「海神の方は覚えてるんだな。確か数年前に事故があって親子3人死んだって話だったな。いや、息子は一命を取り留めたんだったか?」
「どちらにしろ落ち目ってことだろ?」
ピロリロリン
そんな風にガルフリード先生のありがたい講釈を受けてる時に俺のスマホがメールの着信を知らせる。
「悪い。ちょっと見るぞ。」
連からの新しい情報かもしれないからな。確認しないわけにはいかない。
[今日初めて武道館でライブに行くんですけど、サイリウムはどこで売ってるか分かりますか?]
会長からだった。知らねえよ!
「続けてくれ。」
「ガル君、お兄ちゃんお昼ご飯出来たよー。」
下から氷雨が呼んでいる。
「ここまでだな兄弟。続きは後だ。」
「そうだな。」
俺達は食卓へと向かうのだった。
数時間後 姫神家
「また挑むの?」
心配そうにサラが僕を見ている。
「これから何か起こりそうな嫌な感じがするんだ。」
天之風雷御龍まで出てきたからには大きな何かが起こる。そんな確信めいたものを感じる。
「大丈夫だよ。今度こそ成功してみせる。夕飯でも作って待っててよ。」
「気軽に言わないでよ。慣れてきた頃が危ないんだからね。絶対に帰ってきてね。」
「帰ってくるよ約束だ。」
そう言って僕はベッドに横たわる。
「いってらっしゃい。約束を守ってね。」
さらの不安そうな声に送り出されて僕は禁域へと赴く。
「また来たのね。」
やれやれとばかりの毎度お馴染みになってきている挨拶と共に僕は精霊の塔へとやって来ていることを認識する。相変わらず不鮮明で目に優しくない。いや、なんか前とちょっと違う?
「なんか様子がちょっと変わってない?」
気になったので聞いてみる。なんか火の玉が見え隠れするというか全体的に赤みがっかってるように見える。
「お腹が痛いのよ。」
「お腹が痛い?」
思わずそのまま聞き返してしまう。よく見れば彼女は手でお腹を押さえている。精霊がお腹を壊すなんて聞いたことがないんだけど。でもそれが景色とどう関係が……そうか、ここは彼女の精神世界みたいなものなのだから些細な事でも影響が出てしまうのか。
「拾い食いでもしたの?精霊に薬とか効かないだろうし何か治す方法はないかな?」
「拾い食いなんかしてないわ。そもそもご飯なんて必要ないもの。」
怒ったのか顔をぷいっと背ける。何だか最初に見た時より人間っぽい感じがする。どことなく神聖さも薄れているような気がする。
「何か僕に出来ることはある?」
「なら**してよ」
何だろ?よく聞こえない。
「何でもないわ。今日もやるんでしょ?相手になるわよ。」
「大丈夫なの?」
「問題ないわ。かかって来なさい。捻り潰してあげるから。」
彼女がそう言うなら僕がこれ以上心配してもしょうがない。彼女の宣言と共に床に64マスからなるグリッドが浮かび上がりチェス盤になる。
「いつものように先手はあなたに譲ってあげるわ。」
「それはどうも。」
いつものように精霊が並んだところで考える。どう攻めるか。炎雷を使うのは基本としてその後が大事なところだ。
「よし、作戦は決まった。ゲームスタートだ!」
「あぐぁぁ、痛い詰まる。」
彼女が膝をついてうずくまる。腹の具合が悪化したのかな?
「ちょっと大丈夫?」
僕はうずくまる彼女の下へとチェス盤の上を走る。
「痛てぇ、熱いわ、苦しいよ、痛い痛い痛い痛い痛いあぁぁぁぁぁアァ。」
僕が彼女の下へと走る間も苦しそうに声を上げる。それは男のような声で、幼い子供のような声で、少女のような声で、老婆のような声で、とにかく彼女の声は安定しない。よく見ればうずくまる彼女の姿もぼやけてうまく像を結んでいない。
「メーネ!」
ついに僕は彼女の近くまでやって来て肩に触れようとしたその時
「出ていけ!」
彼女の体から衝撃波が撒き散らされて吹き飛ばされる。僕はチェス盤の上を2回3回とバウンドしながら吹き飛ばされていた。
「痛たた。」
「おかえり蓮。」
腰をさすりながら体を起こしたそこは見慣れた場所。いつの間にか精霊の塔から弾き出されていたようだ。
「何が起こってるのかな?」
サラに挨拶を返すのも忘れて考える。何か凄まじい不安を感じる。あのリーネは確実に異常をきたしていた。
ピロリロリん
スマホの着信音が部屋に鳴り響く。このタイミングでなんて。着信の相手は氷矢。
無視するわけにもいかない。
「もしもし。」
「武道館が襲われた!」
通話が繋がるなり切羽詰まった声で言ってきた。
「まずは落ち着いて、何があったの?」
そう言いながらなんとなく窓の外に目を向ける。
「エッ?」
思わずスマホを落としてしまう。窓の外、綺麗な月の横に真っ黒な穴が空いていた。
数分前 武道館
ライブの開始前となり活気に満ちた空気のはずが無人のように静まり返っている。
否、無人ではない。1人の少女だけが客席の中を歩いている。
「今回は火加減が上手くできたわ。何度も練習したんだから当然ね。」
よく見ると客席はほとんどが埋まっている。意識を失った人々で。
いや、意識を失ったのではなく魂を焼かれてしまったのだ。数万にも及ぶ客が、スタッフが倒れている。座席で、売店で、トイレで、階段で、舞台横で、控え室で倒れている。
魂の燃えた人々が倒れている。
「クスクス、里香もやっちゃった。みんなみんな燃やしてしまったわ。」
客席の中を自分が燃やした友達のところへ歩いていく。
「あら?里香のスマホが通話中になってるわ。仕方ないわね。」
里香の手に握られている通話中のスマホを手に取り通話を切る。
「クスクス、透は見てくれてるかしら?透の考えてくれた通りにやったわよ。」
ゆっくりと彼女は出口へと歩いていく。
「さあ地獄を始めましょう。私を認めなかったあなた達にふさわしい地獄をね。」
狂ったように笑い声をあげながら彼女は武道館から去るのだった。
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