第8話 美羽と透

08話 美羽と透(著者/月乃ハル)


「ね、ねぇ、いい加減降ろしてよ……」

 はぁっはぁっと息を切らしている音と女性の声が聞こえるがそこには誰もいないようにしか見えない。

 深夜だからという訳でもなく該当に照らされていない訳でもないのにだ。

 しかし確実に一つの走る音と息を切らす音がマンションのすぐ近くから聞こえる。

「いやでもほら無傷とはいえ美羽に万が一のことがあったら困るし、それに俺に触れてないと姿隠せないだろ?」

「まあ、そうだけど……でも昼ならまだしも今深夜だしここまで来れば分からないって」

 突如とて足音が聞こえる方向から男の声も聞こえた。その声から察するに先程マンションの屋上にいた里香らしき人ーー美羽と姿が見えなかった人だろう。それに美羽までも姿が見えない。男の言葉からするにその男が持つ魔法で触れていなければ美羽の姿を消せないのだろうか。

 そして男は美羽の言葉に対してそうだな言うと足を止める、その瞬間ぱっとその場に何も無かったはずなのに二人の姿が現れた。

 闇に彼らの姿が浮かび上がった瞬間足音が一つしか聞こえなかった理由がわかる。それは男が美羽を抱え上げてーーいわゆるお姫様抱っこというやつだーー走っていたからだ。

「早く降ろして」

 そう言われ男は美羽をゆっくり優しく降ろす。

「にしてもこうやって久々に抱っこして走ると昔を思い出すなぁ」

「そんなことより帰るわよとおる

 男ーー足立あだち透は昔のことを思い出しながら美羽の横に並び帰宅した。


 ーー一年前


「ーーじゃあね蓮、せいぜい悲しみに暮れるといいわ」

 彼女は姫神美羽、後に足立美羽となる女性。

 自身の実力を認めない家から出ると決意し、姫神家を裏切るかのように自身の弟ーー姫神蓮の恋人である坂上さかがみ鈴をジャックの魔法で燃やした。

 直後目の前で自身の魔法で植物状態と化した鈴を、それを見てまるでこの世の終わりのような絶望に、悲しみに浸った我が弟を見てフッと鼻で笑いその場を後にしていた。

 それから数分後、彼女は何事もなく街を歩いている。自分から帰る場所を断ち切ったも同然、だからこそ適当に歩いているのだ。

 しかしただ歩くだけではない。ゆっくり歩いていればいずれ姫神家の人、もしくは警察が捕まえに来る。

「とりあえずどうしよっかジャック」

 ボソリと独り言。彼女とすれ違う人達には届かないくらいの小さい声だった。しかし返事は聞こえない。

「そうだね遠くに逃げよっか」

 返事が聞こえなかったのにも関わらず誰かと話しているようなそんな感じの言い方だ。

 それもそのはず、今は昼間だからあまり姿を見せないが彼女の身体の中にはジャック・オー・ランタンという精霊が住んでいる。彼女はその精霊と会話していたのだ。

 そして精霊との短い会話がおわりパタパタと走って街中を駆け抜けていく。

 ーー数時間後歩いては走ってを繰り返しいつの間にか彼女は隣町までたどり着いていた。

 しかしながら彼女は一つの過ちを犯す。それはーー天気予報を見ていなかったことだ。

 隣町にたどり着いた瞬間からぽつりぽつりと水が天から落ちてくる、即ち雨が降ってきたのだ。

「雨降るなんて聞いてない……」

 聞いていないも何も天気予報を見ないで家出を決行しているため文句を言ったところでどうにもならないのだが。

 だからこそ傘を持ち運んでおらず、雨が強降りになる前に走り近くのマンションに走り込む。

 しかし天から降り注ぐ雨は強くなり服を着たままシャワーを浴びたかのごとくびしょ濡れになってしまう。

 それでもなんとかマンションの玄関先へとたどり着きようやく雨から開放された。

(ここで魔法は使えないわね……寒)

 真夏といえど冷たい雨に当たりびしょ濡れになってしまえば服がピタっと肌にくっつく気持ちの悪い感覚と共に寒気が襲いかかってくる。人目のないところならば魔法で乾かせるのだろうがここは街中、なおかつマンションだ。魔法を使えば一気に注目されてしまう可能性があった。ましてやあんなことがあったあとだ火の魔法を使えばあとの事が心配になる。そう考え彼女は魔法を使わず雨が止むまでマンションの玄関先に座って過ごした。

 それからどのくらい時間が経っただろうか。気づくとマンションの玄関先ではなく見知らぬ家の中にいた。マンションの中の部屋だ。

 部屋自体は素朴でとりあえず生活できる感じの最低限のものしかない部屋だった。

「あぁ、起きたか?」

「誰……」

「その前にあんなところで寝てたら死ぬぞ?ほらコーヒー」

 どうやら美羽は寝てしまっていたらしくどこにでもいそうな短い髪の男性ーー彼女にコーヒーを持ってきた人だーーが自室に運び寝かせたのだろう。それに彼女の服もいつの間にかぶかぶかのワイシャツになっていた。

彼が部屋の中心にあるテーブルにコトっとコーヒーが入ったマグカップを置き、それを手に取ろうとした瞬間ようやく事態を把握し、服のことに気づくと。

「し、死にたい!?」

 何故かその言葉が出てきて反射的にかジャックまでもが姿を現していた。

 しかし目の前の彼はそんなことはどうでもいいとばかりに話を聞いていなく。


「お、おおぉ!?そいつはジャック・オー・ランタンか!?初めて生で見た!というか実在してたのか!?いやそもそも精霊だからいるのは当たり前か……なぁ君どんな魔法使えるんだ?」

 ジャックを見た途端年頃の少年のように目を輝かせ、まるで自身も魔法使いかのような口ぶりで一方的に話をしていく。

「え、あ…………えぇぇ!?」

「なあなあ見してくれよ、な?」

 期待の目でそう言い寄っていく。それに対し……いや一度も目の前の人に魔法を見せたことのないのに魔法のことを言ってきたことに驚いた。

「た、例えば……こんなのとか」

 期待の目で見られたことは彼女にとって初めて、そのためか色んなことが抜け何故か知らない男に火の玉を見せていた。

「やっぱり火なのか……うん、見せてくれてありがとな!そう言えば君の名前は?」

「………美羽」

「そっか美羽か、いい名前だ。ところでなんで玄関先に?もしかして家出?」

「ちょ、ちょっと待ってその前に……」

 火の玉を見ても動じず更に話が進んでいくため一度美羽は話を止め、火の玉とジャックを消して逆に質問を返すことにする。

「あなたも魔法使いなの?」

「元って言ったらいいか?今は魔法使いじゃないんだ。まあ、呼べば契約してた精霊来ると思うけど」

 やはり彼も魔法使いだったようだ。しかし彼曰く魔法使い、彼が発した言葉通り今は契約精霊はおらず魔法が使えない一般人なのだ。

 しかし元と言えど魔法使い、だからこそジャックを見た瞬間に目を輝かせたのだろう。

「あと、なんで助けたの」

 魔法使いであることを確認した後もう一つ確認するためその質問を問いかける。

 すると予想していなかった……いや普通ならばありえない答えが彼の口から発せられた。

「そうだな……まず君が玄関先に寝てる姿を見て一目惚れしたからってことと、呼んでも返事なかったしこれはまずいなって思ってな」

「…………は?」

 その答えを聞いて唖然としてしまった。こんな大胆に一目惚れしたと、それも初めてであったその日にいう人を今ここで初めて見たからだ。

 それに彼の目を見るからに冗談で言っているわけではない様子だ。

「いや、ちょっとキモイ」

「グハッ……ま、まぁそうだよな初対面だからな仕方ない……でも諦めないからな?」

 キモイと美羽は言い捨てるが、何故か彼と話していると彼女の中にあるモヤモヤ、イライラが無くなって行っているような、そんな感じがあった。

「あ、俺は足立透、さっきも言ったが元魔法使いだそして君……いや美羽が好きだ」

「キモイ!」

「グッ……キモイは褒め言葉だ!」

「それは洒落にならない程キモイから」

「……冗談だ」

 こうして話していると彼女の今までのモヤモヤやイライラがまるで嘘のように溶けていき楽になっていく、またそんな感じがしていた。

「ところでさっきも聞いたがなんで玄関先に?」

「……関係ない」

「話したら楽になるぞ?ほら全部聞いてやるから俺に話してみ?」

「…………」

 今までにない優しい言葉をかけられ美羽はとうとう話してしまう。しかし家を抜け出したことや、鈴を焼いたことに後悔などはなく。ただただありのまま言ってしまう。初対面なのにも関わらず話しても大丈夫だと信頼してしまったからだ。

「そっか……ならここに住め、そして今日から美羽は俺の家族。そんで俺は美羽の復讐を手伝うってのはどうよ。俺は美羽が抱えていることを全て受け止めるし、求めているものも与えてやる。なんだったら美羽の復讐の捨て駒として利用してもいいぜ?」

「……普通そこまでする?キモイ……でもまぁ……利用するだけしてあげるわ」

「素直じゃねぇなぁ」


 ーーーーーー


 ーーーー


 ーー


 ーーそしてそれから一年後。

 美羽は桜峯高校に通う。しかし同クラスの生徒会長がまるで弟のように周りから慕われ、次第に生徒会長への嫉妬心が芽生えはじめ、今ではーー

「今ではこんな放火魔になるとはなぁ」

「透、昔のこと思い出したわね、絶対そうよね?相変わらずキモイ。てか勝手に回想しないで欲しいわその内焼き殺すわよ」

「美羽に焼き殺されるなら本望だな」

 いつの間にか家にたどり着き彼女達はいつも通りのをしていた。

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