第6話 日常は穏やかに、悪意は密かに

第6話 日常は穏やかに、悪意は密かに (著者/ディケ)


「ですからコレは事故としてはおかしな点が多過ぎます!」


「あれは事故だ。何度言えば分かるんだね。」


若い警部補が上司である恰幅のいい警部に食って掛かっている。


「なら何で軽傷者が目を覚まさないんですか!これじゃあまるで……」


「まるで君の従兄弟みたいにかね?」


図星をつかれてグッと押し黙る若い警部補。


「公私混同はやめたまえ。そんなだから君はキャリアの道から踏み外してしまったのだろう?少しは学習したらどうなんだね。」


「私のキャリアの話は今は関係ありません!私に捜査をさせてください。」


「君、確か有休が溜まってたんじゃなかったかね?君は疲れてるようだからたまには休んだらどうだね?」


「私は邪魔だということですか!」


怒りのあまり声を荒らげる警部補。だがそこは相手は海千山千のベテラン警部だ。彼の怒りなどどこ吹く風とばかりにコーヒーを1口飲んでから言う。ちなみにブラックではなく砂糖がたっぷり入っている。


「無駄な捜査で税金を食い潰すよりかは君に休んでもらった方が国民の税金の使い方としてはなんぼかマシってものだよ。君は休みなさい。」


どこか優しさを感じさせる表情で若い警部補に言う警部。


「…………分かりました。有休を使わせていただきます。」


警部補はそう言いつつも休む気はないだろう。そんな事は警部も分かっていた。しかしそんな事はお首にも出さない。


「それがいい。昏睡者の事は医者がちゃんと調べてくれている。だから岡村以蔵おかむらいぞうくん、君は少し早いがお盆休みで羽を伸ばしてきなさい。」


若い警部補である岡村以蔵は職場である警察署を後にするのだった。


同時刻 星神家


「出かけるぞ。ガルフリード!」


冷房の直風を浴びて舌まで出してだらけている俺の精霊であるガルフリードに声をかける。


「どうしたんだ兄弟よ。昨日で追試は終わって今日からは休みだったんじゃないのか?こんな真夏日に外に出ようなんておツムの中身がついに修復不可能になったのか?」


「おいコラこの犬っころ。俺の頭をまるで騙し騙し動かしているポンコツ扱いするんじゃねえ!例の事故の現場を回ってみるんだよ。」


クールだ俺。あいつが口が悪いのはいつもの事なんだから。


「なら姐さんに弁当作ってもらおうぜ。」


「却下だ。事故現場を回るつってんだろが!魔法を使えないと困るんだよ。」


まったく食い意地ばかり張ってやがる。


「へいへい、分かりやしたよ。契約者が行くところならどこだって付いて行ってやるよ。地獄以外ならな。」


乗り気じゃないな。仕方ない。どっかで飯でも買ってやるか。辛くて熱いもの以外で。精霊との良好な関係は魔法使いにとっての基礎中の基礎だからな。精霊を蔑ろにするものは魔法使いの資格無しだ。実際問題として精霊の機嫌で魔法の力は変わってしまう。俺達魔法使いは精霊から力を借りているのだということを忘れてはならない。

魔法を父さんから習ってる時に散々言われた事だ。廊下の奥にある寝室……今は決して開く事の無い扉を見てしまう。ズキリと胸が痛い。あの扉を見る度に決して逃れる事の出来ない罪を意識させられる。


「行ってきます父さん、母さん。」


俺は妹と精霊の2人と一匹で暮らしている家から出て駅に向かうのだった。

「ここが1番新しい事故現場か。」


燃え残った家の残骸の前に俺は来ていた。


(どう思うガルフリード?)


(いきなり俺頼みかよ。そうだな。雑魚だな。力ある魔法使いなら、それも火炎系の精霊なら灰すら残ってねえよ。)


黒くなった家は屋根から燃えたのだろうか?それもマンションのある玄関とは逆側のように思える。実際玄関の扉は燃えずに残っている。半焼と言ったところだろう。


(中に入ってみるか。)


事故現場の周りに張り巡らされている黄色いテープを俺は跨ぐ。


「コラ星神君、そこは立ち入り禁止ですよ。」


聞き覚えのある声に振り向くとそこには日傘を差した生徒会長の刈谷里香がいた。着ているのは青いキャミソールにミニスカートと実に夏らしい格好だ。目のやり場に困る。


「すいません。生徒会長はこんな所で何をしてるんだ。」


俺は黄色いテープを跨いで戻りつつ聞いてみる。


「ただの散歩ですよ。私はこの近所に住んでいるんです。」


そうだったのか。会長の家はこの近所だったのか。覚えておこう。


「それにしても火事は怖いですよね。噂だと家族4人暮らしだったらしいですけど娘さん以外は全員死んだらしいですよ。」


「生き残りがいるのか?」


やっぱりここを焼いたのは未熟者だ。はぐれ精霊とたまたま契約した馬鹿か、才能のない馬鹿かの2択だな。


「噂の限りではそういう風に聞いてます。」


随分と慎重な言い方だな。まあお堅い会長さんとしては人の生き死にで無責任な噂として流したくないってことなのかな?


「そうか。他にも何か噂を聞いてたりするのか?」


「ありますよ。でもこれは与太話って言うかオカルトに片足を突っ込んだような話なんですけどね。」


「どんな話なんだ会長?」


「実はですね……」


オカルト話だからなのか少し声を潜めて会長が話し始める。あとちょっと近い。フローラルないい匂いとかするからやめて欲しい。


「私の友達が見たって言うんですよ。狐耳の生えた少女をです。」


会長は頭の横に手を当ててぴょこぴょこさせる。片方は日傘を差したままなので片手だけだがそれでも可愛いのでやめて欲しい。


「狐耳。それは狐耳のカチューシャを付けていたとかじゃなくて本物って事か?」


「そこまでは分かりませんよ。私が見たわけじゃないんですから。」


そりゃあそうか。


「まあ仮に本物だとしてそれで? 」


「それで足立さん……その友達が言うには狐火だって言うんです。狐火で燃えたんだって。」


猫又か。どこまで正確かは分からないけど気に止めておこう。それに狐ならこの火の弱さでも納得だ。火を使う逸話もあるが専門は化かしたりだからな。


「なるほどね。面白い話だな。」


「あれ?星神君はオカルトとか好きな男子なんですか?」


魔法の存在を知っている俺にとってオカルトなんて物理現象と同列に語れるものだ。好きではあるがオカルトマニアのそれとは違う。とはいえ……


「人並みにはな。」


そんな事を話すわけにもいかないから当たり障りのない回答でお茶を濁すしかない。


「そうですか。じゃあ私はそろそろ行きますね。私がいなくなったからって入っちゃダメですよ。」


「分かってるよ会長。じゃあな。」


俺も会長とは逆の道を歩き始める。今日も不快だな。これは暑さだけじゃなくてキット俺の中でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているだろうガルフリードの姿がありありと浮かぶからというのもあるだろう。

市内某所


外は夜の帳が落ちていくらかたった頃だろう。そんな夜の帳を引っペがすかのように1つのビルが燃えている。

それを遠くから見つめる一対の目。


「ねえジャック。」


目の持ち主である少女が自らの内側にいる存在に話しかける。


「魂が燃える様は美しいわね。ふふふ、こうしてるとジャックはジャックでもロンドンにその名も高きシリアルキラーの方に思えてくると思わない?」


燃える様がおかしいのか、自分の言葉が可笑しいのか少女はクスクスと笑う。


「バベルの塔は天を目指して積み上げたけど道半ばで崩れたわ。精霊の塔は積み上げたらどうなるのかしら?」


少女の中にいる者が何かを答えたのだろうか?笑いが収まりかけていた少女はまたクスクスと笑い出す。


「そうねジャック。きっと面白くなるわよね。」


スッと消えるように少女の姿が見えなくなる。それでも笑い声だけはいつまでも残っていた。

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