第5話 焼き尽くされた幸せ、残された希望

 5話 焼き尽くされた幸せ、残された希望 (著者/ミステス)

「…ん!」

 声が聞こえる。

「れ…」

 僕を呼ぶ声が。

れん!」

「はっ!」

 目が覚める。

「蓮!戻ってきたのねよかった…」

「……」

 まだ意識がはっきりしない

 僕はたしか…

「蓮?大丈夫?」

「サラ…」

 そうだ僕は…

 またあそこに行ったんだっけ

「蓮?本当に大丈夫?」

 サラが心配そうに僕をみつめる。

「大丈夫だよ。サラ…今回もダメだったけどね…」

 僕は気落ちしているのを隠し切れずにサラに伝えた。

「そう…ねえ蓮。やっぱり…」

「僕はやめないよ。絶対に」

 僕は強い口調でそう答えた

「でもこのままじゃ蓮が!」

「僕は…大丈夫だよ」

「嘘だよ!今だってすごく無理してる…私にはわかるんだから」

 どうやらサラにはお見通しらしい。さすがは僕の精霊だ

「サラには隠せないか…悪いけど水を一杯もらえるかな?」

「うん!」

 サラは超スピードで台所まで走っていった。

「転ばないといいけど…」

 やっと意識がはっきりしてきた。

 また…失敗か…

 これで3回目だ。もう3回というべきか、まだ3回というべきか

「でも諦めるわけにはいかない…絶対に」

「蓮!お水持ってきたよ」

 ほどなくしてサラが水をもって戻ってきた

「ありがとう。サラ」

 サラから受け取った水を一気にあおる。喉はカラカラだった。

 水を飲みほした僕は立ち上がった。

「う…」

 強烈な倦怠感に襲われ、倒れそうになるもなんとか踏みとどまる

「蓮!まだ休んでいたほうがいいよ」

「大丈夫…サラが水を持ってきてくれたからね。…少しだけ話をしてくるよ」

「そう…」

「サラも来るかい?」

「ううん、私はいいよよく話にいってるし。二人きりにしてあげる」

 サラは少しおどけた感じにそう答えた

「そう、ありがとう」

 そう言って僕は部屋をでた。

 そして一番奥の部屋に入る。

りん…」

 ベットに横たわる少女に顔を向ける。

「鈴…ごめん…今回もダメだったよ」

 ベットに横たわる少女…鈴の髪をなでる。

「サラに無理するなって怒られちゃったよ。君も怒っちゃうかな?優しい君のことだ、きっと怒るだろうね」

 返事は帰ってこない。鈴はあの日からもう1年以上眠り続けている。

 いや、眠っているという表現が正しいのかさえ僕にはわからない。

「鈴、待っていて。必ず君を取り戻す」

 僕はひとしきり話した後部屋を後にした。

 ―数年前

「さすがだな蓮、今回の研究もすごかったぞ」

「いえ、それほどでもないよ父さん」

「ははは、謙遜するな。お前は我が姫神ひめがみ家自慢の魔法使いだよ」

 父さんは僕を手放しでほめる。

「僕の魔力はかなり低いよ父さん」

 僕は父さんにそう答える。姫神家の中でも僕の魔力はかなり弱いほうだ。

「そんなこと気にするな。姫神家は魔法使いは魔法使いでも魔法研究に重点を置いてる家だ。単純な魔力よりもお前のような研究熱心で何度も新たな発見をしているほうが評価されるのだ」

 そう、僕の家の姫神家は魔法使いの家系ではあるが魔法の研究を盛んに行っている家で、魔法の謎を解き明かしたり、新たな魔法を編み出したりしている。

「僕は好きなことに夢中になっているだけだよ。魔法の研究はすごく楽しいし」

「そうかそうか。姫神家の人間としてそれはとても良いことだぞ。今回お前が編み出した魔法は『炎雷』という魔法だったな」

「うん。炎の魔力を体に纏うことでスピードを上げる魔法だよ。動きが雷のように早くなれるから『炎雷』」

「炎を使った魔法で身体能力を強化する魔法は今までなかった。魔力を体に纏うという柔軟な発想から生まれた魔法だな。お前らしい」

「僕自身の身体能力が高くないから。炎の魔法でなんとかならないか考えただけだけどね。サラも一緒に考えてくれたよ」

 父さんとそんな話をしていると誰かがやってきた。

「相変わらず蓮は研究研究ねえ。よく飽きないものだわ」

「あ、姉さん」

 姉さんの、姫神美羽みうだった

「こら、美羽。お前はこんな時間まで寝おって。お前に与えた課題は終わったのか?」

 父さんは姉さんに強い口調で問い詰める。

「課題?あーあったわねそんなの。すっかり忘れてたわ」

 姉さんはいいながら欠伸をかみころす

「まったくお前は…少しは蓮を見習ったらどうだ?」

「蓮を?無理無理。私にはそんな研究馬鹿にはなれないわ」

 姉さんはめんどくさそうに答える。

「研究馬鹿とはなんだ!蓮はこれまで数々の発見をしているというのに!」

「いつも蓮、蓮、蓮って蓮は魔力低いでしょ?そんなに研究が大事?やっぱ魔法使いは魔力高いほうがいいでしょ」

「そんなことはない!魔力の高さだけがすべてではないと何度言ったらわかるんだ!」

 姉さんと父さんは声を荒げながら口論を始めてしまった。

「二人とも落ち着いてよ、僕が研究馬鹿なのも魔力が低いのも本当のことだし」

 僕は二人をとめようとする。

「ふん。いいわよねあんたは、魔力が低いくせに家の人間にちやほやされて。あんたもどうせ私のことなんて見下してるんでしょ」

「そんなことないよ姉さん!」

「ふん、どうだか」

 姉さんはそう言って部屋を出て行ってしまった。

「美羽には困ったものだ」

「まあまあ姉さんには姉さんの良さがあるから」

 僕は姉さんのことは尊敬していた。確かに少し不真面目だけど魔力量と魔法の扱いがとても上手だからだ。

 姫神家が姉さんの力をあまり評価していないだけなのだ。

 それからも姉さんは父さんとも口論をよくしていたり姫神家からも煙たがられていった。

 でもその頃の僕は、このあとあんなことになるなんて夢にも思っていなかった。

「れん君」

 待ち合わせ場所で待っていると僕を呼ぶ声が聞こえた。

「おまたせ、れん君。ごめんね少し遅れちゃった」

「大丈夫だよ鈴。さっききたばかりだから」

 彼女は幼馴染の鈴。昔から魔法の研究ばかりしていた僕の数少ない友達だ。

「じゃあいこうか。鈴」

「うん!」

 いや、元友達といったほうがいいかな。

 今の僕たちはいわゆる恋人同士というやつだった。

「れん君また頑張ったんだね。すごい!」

 僕が魔法研究のことを話すと鈴はいつもこういてくれる。

「好きでやってることだからね。ってごめん。また魔法のことばかり話しちゃって」

 鈴は魔法使いではない、だから魔法のことはほとんど知らない

「ううん、いいんだよ。私魔法のことはよくわからないけど。魔法のことを話してるれん君のこと大好きだから」

 そういわれるとなにも言えなくなってしまう。

「なんか、照れるね」

「そうだね。でも本当のことだから」

 まったく鈴にはかなわないな

 好きな魔法の研究をしながら大切な人と過ごす日々。

 幸せだった。

 でもこの幸せはこの後突如として壊された。

 ほかでもないあの人の手によって。

 僕が鈴と姫神家の前までいくと姉さんがいた

「どうしたの姉さん。家の前で」

「お帰り蓮。あなたをまっていたのよ」

「姉さん?」

 なにか姉さんの様子がおかしい

 その刹那

「ジャック!」

 姉さんの魔力が膨れ上がり、姉さんの精霊のジャックが姿を現した。

「姉さん!?なにを」

「今日でこの家から出ていくことにしたの。私の力を認めないこんな家からはね」

 姉さん、なにをいって…

「でもね、最後にあんたに言っておきたいことがあってね」

「私は昔からあんたが大嫌いだった。魔力が低いくせにちょっと頭がいいくらいでいい顔してるあんたがね!」

 姉さんは声を荒げる。

「姉さん!僕はそんなつもりは!」

「うるさい!だから家を出る前にあんたを死ぬほど辛い目に合わせてやろうと思ってさ。ジャック!」

 ジャックから放たれた魔法の炎の狙いは僕ではなかった。

「逃げて!鈴!」

 そう。炎は鈴に向けて放たれていた。

「え?きゃああああ」

 次の瞬間、鈴は炎に包まれていた。

「鈴ーーーーー!」

 炎に包まれ。倒れそうになる鈴を抱きとめる

「れん…くん」

 鈴は意識を失った

「鈴!鈴!」

 必死に鈴の名を呼ぶが返事はない

「あら?跡形もなく燃やすつもりだったのにねえ。やっぱり夜じゃないと本調子じゃないのねえ」

「まあ魂は焼き尽くしたみたいだし、二度と目は覚まさないでしょうね。じゃあね蓮、せいぜい悲しみに暮れるといいわ」

 そう言って姉さんは姿を消した。

 …

 それからの僕はひどい有様だった。

「鈴…僕のせいで…」

 ひたすら自分を責め続けなにも手につかない状態だった

「蓮のせいじゃない…蓮のせいじゃないよ。絶対」

「僕のせいだよ…魔法使いの僕なんかと一緒にいなければ…」

「ちがうよ!鈴ちゃんは蓮と一緒にいて幸せだったんだよ。絶対…そうだよ」

「サラ…」

 サラは僕を必死に励ましてくれた。

「鈴ちゃんを目覚めさせる方法はないの?」

「無理だよ…魂が燃え尽きてしまっているんだ。肉体が無事でも魂を取り戻す方法なんて…」

「諦めちゃだめだよ!蓮ならできるよ!いままでだってたくさんの魔法を作ってきたんだから蓮なら絶対!」

「サラ…」

 サラも泣いていた、サラは精霊だけど鈴とすごく仲が良かったから。

「そう…だね。諦めちゃいけない」

「私も一緒だから頑張ろうよ…!」

 そうだ…

 何か方法があるかもしれない。

 諦めるのはまだ早い。

 それから鈴を目覚めさせる方法を探した。

 姫神家にある魔法に関する本を読み漁り。

 魂についてもあらゆることを調べた。

 そして…

「魂の精霊?」

 ついに見つけた。鈴を目覚めさせるかもしれない方法の手がかりを。

「魂の精霊とは魂を司る幻の精霊であり、肉体さえあれば失った魂をよみがえらせることも可能。こちらの世界に来ることはなく契約するのは不可能と言われている」

 その本には契約は不可能と書かれているが、こちらの世界に来ないのが理由なら契約する方法はある。

 精霊と契約するには通常は召喚魔法により精霊を呼び出し契約する必要がある。

 だが、召喚魔法を使わずとも精霊と契約する方法は存在する。

 呼ぶのではなくこちらから精霊の世界に行くという方法だ。

 精霊の世界…通称『精霊の塔』に。

 だが精霊の塔に行くのは禁忌とされており、そう簡単に行けるところではない。

 精霊の塔は生と死のはざまにあるといわれている。

 だから臨死体験のようなことをすれば塔に行けるのではないかと僕は考えた。

 自分の体を仮死状態にする魔法を作り出せば…

「だめだよ!そんなの!だって一歩間違えたら蓮が…」

 サラはこの方法を猛反対した。

「方法はこれしかないんだ」

「だって鈴ちゃんに続いて蓮まで目を覚まさなくなったら私…」

 サラは泣きながら必死に僕を止めようとする。

「大丈夫、絶対に帰ってくるよ鈴を救うために」

「蓮…」

 そして僕は自分を仮死状態にする魔法を使い。意識を手放した。

(ここが精霊の塔なのか)

 次に目覚めたときとても不思議な場所にいた。

 朧げで、曖昧で、ぼやけた景色。

 塔のような建物は見当たらなかった。

(失敗か…)

 そう思った時、声が聞こえた

「あら、こんなところに人間なんてどういうことかしら」

 頭の中に直接響く声だ

(きみはいったい…)

 声を出したつもりだったが音は響かなかった。

「私…さあ誰でしょうね」

 だが少女からは答えが返ってきた。

(ここはどこ?)

 ふたたび尋ねる

「ふふふ、さあどこでしょうね…」

 要領を得ない会話だった。

「むしろあなたこそ何者よ?ふつうここに人間が来るなんてありえないんだけど」

 今度は少女が僕に訪ねてきた。

(僕は魂の精霊と契約をするためにここにきた)

 ここが本当に精霊の塔かはわからないが僕はそう答えた

「ふうん、精霊と…ね」

 少女は含みのある言い方でそう呟いた。

「面白いわね、あなた」

 少女はどこか楽しそうにそういう。

「そうね…ゲームをしましょう」

 え?

「あなたが勝ったらあなたの願いを叶えてあげる」

 そういうと足元にマス目のようなものが現れた。

(ゲームってどういうこと?)

「それじゃあルールを説明するわね」

 僕の言葉には聞き耳を持たずに少女は説明を始めた。


「まさかチェスをやらされるとは思わなかったけど」

 今思えばおかしな話だった。

 でも今回は収穫があった。

 あの場所はやはり精霊の塔で間違いないということだ。

 いや、あの少女…メーネが塔そのものだとしたら場所というのはおかしいのかもしれないが。

「次こそは必ず…」

 そう呟くと僕は眠りについた。

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