第3話 三度目の禁忌と精霊の塔、許しと願いの刻印はチェスが定める
三話 三度目の禁忌と精霊の塔、許しと願いの刻印はチェスが定める(著者/soltia)
その景色は朧げであった。曖昧で、不鮮明で、それでいてぼやけていた。そこにあるのはただ純粋な白と、一人の――少女らしき存在。ただそれすらも朧げで、風もないのになびく銀の長髪と、透過しそうな程に透明な衣服――けれどその奥の存在を認識させることはなく、極めて不自然――がせいぜい確認できるものであった。
「また、来たのね」
少女が話しかけるその先には、この景色の中において、対局の、ともすれば不純物ともいえる存在がいた。黒い髪に、暗闇を見つめ続けたような深淵の黒い瞳の少年である。
少年は口を開くことなく、頷いた。
「ここに来るということが、あなたはわかっているの?」
少女の問に、少年はまた口を開くことなく、頷いた。
少女は目を細めたような仕草――勿論、そうしたように見えただけである――をした後で、嘆息した。
「そう……でも、あなたは分かっていない」と少女、「本来ここは何びとたりともくるべき場所ではない。臨死体験は、あなたを確実に死に近づけている」
少年はけれど真っ直ぐにに少女を見据え、「わかっている」と、口に出したように見えた。声は空言で、無音ある。
けれど少女には伝わったらしく、少女はやれやれと肩をすくめた。
「それで、やるのかしら」
少年がわざわざ禁忌に近しい領域に踏み入れた理由が、そこにはキチンとあった。
少年が少女を見据えたまま、小さく頷くと、変化は足元に現れた。
スモークでもたかれていたような足元は鮮明となり、そうしていくつかの縦横の線がその姿を表した。線はほのかに光を描き出しており、その存在が確かなものとなった。
そこに描かれたのは、六四のマス目であった。そうして次に、互のもとに十五の精霊がマス目の中に浮かび上がったそれぞれの文様より、顕現した。互の控えるのは同じ列の最奥。つまりはチェスの真似事であり、キングのポジションである。
最奥二番目の列に鎮座し、構えるのは狼の姿を模した精霊であり、少女はこれをワカンダと呼称する。少年もそれに倣う。
クイーンの位置に鎮座し、構えるのは、少年がサラマンダー、少女がタガナックと呼んでいる、何れもヒトの女性のような存在である。相違としては、前者が溢れんばかりの熱気を醸し出しているのに対し、後者は死人のように冷たく、けれどそれは氷雪的なものではなかった。
ビショップの位置に鎮座し、構えるのは、互いにシルフ、即ち風の精霊であり、これが二体。
ナイトの位置に鎮座し、構えるのはノーム、地の精霊であり、これも二体。
ルークの位置に鎮座し、構えるのはウンディーネ、水の精霊であり、これもまた二体。
さしずめ精霊チェスと銘打ってもよさそうな光景は、しかし二人の存在をもって相違と化す。
少女は純白の羽毛の双翼。相変わらずの不鮮明でありながら、しかし神々しさとか、神聖さとか、そういったものだけは鮮明であった。
少年は漆黒の顔の出た西洋鎧であり、背中にはマントを泳がせ、右手には質素な西洋剣を携えていた。
「それじゃあ、始めましょう」
少女の一声で、少年が剣を前につきつけ、指揮を下す。
ワカンダが前にでて、それで手番が終わる――と思いきや、そのままノームを動かした。
しかし少女はそれが当たり前なのだと言わんばかりに、けれどこちらは本来通りの、即ちルール上の動きだけを見せて、手番を渡した。
「あなたの能力の『炎雷』はワカンダの行動を常時二に、そして同時に別の役のコマを動かせる」と少女、「つまり利点は相手に防衛戦を強いる、前線の押上」
少年は、沈黙のままうなづいた。
「さすがは三回目なだけある」と少女、「けれど、それでもまだ足りない」
少女はがそう言うと、少女が天に位置取り、純白の羽毛を盤上に降り注がせると、瞬く間に防御の陣形を構築し始めた。少女のコマは、本来的には前方にしかいけないワカンダが左右に動き周り、飛び越えられないタガナックが別のコマを擦りぬける。そこには既存のルールからは原型を大きく逸脱しており、よもや先を読むことが困難であった。だというのに、あの少女は寸分たがわぬ最善手を、機械のように正確に支配し、やがて少年はジリ貧へと落とし込まれた。
「あなたの『炎雷』は、確かに即効性に優れている」と少女、「けれど、押さえつけてしまえば、最早あなたの勝ち目は皆無にも等しくなる」
少年はがっくりと項垂れた。
それからは、トントン拍子で事が進み、やがて少年の盤上は少年ただ一人となってしまった。甚振られた、というよりは、遊ばれたらしかった。
そうしてゲームの終了を告げるべく、少女のタガナックが少年の首を絞めに掛かかると、不意に少女が口を開いた。
「塔とは本来未踏であり、継続的な禁忌であるべきもの。しかし、あなたは私に接触してしまった。『精霊の塔』とは、私そのもの」と少女、「あなたは――不思議ね」
首を絞められ、意識が朦朧とする中で、少年は何かを訪ねた。その何かは、やはり空言で、無音であった。
しかし少女には伝わったらしく、口を開いた。
「――私はメーネ。精霊の塔のメーネよ」
けれどその言葉が少年の耳に入るよりも早く、少年の視界は暗転した。
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