可愛いの呪い(短編小説)
『可愛いは作れる』
このキャッチーな言葉が私たちを密かに侵攻している。まるで可愛くなければ存在してはいけないように思ってしまうのは私が卑屈だからだろうか。
写真を加工する技術が広く浸透している昨今、SNSに自撮りを公開させるのは当たり前だし、インスタグラムアカウントを学生証のようにみんな当たり前に持っていてインスタ映えを狙って写真を撮る。
女の子たちはみんな可愛いを画面上に作り込むのだ。
可愛い写真を撮るために、自らの可愛さを演出するのは当たり前だ。アプリで顔を小顔にして、わざと視線を外した写真で狙ってない可愛さを演出する。
SNSにいる『私』は私史上最高に可愛いのに。
現実は全く甘くない。化粧をしないとまともにコミュニケーションが取れないくらい自信はなくて、忙しさで荒れている部屋で寝起きしている私はこんなに頑張っているのに新しいワンピースも新作のスニーカーも買えない。日々の体力と時間をやりたくもない仕事で浪費して人間関係を円滑にするために作っている笑顔の私は『可愛い』になれているのだろうか。
憧れのあの人は私のことを「可愛い」と言ってくれるだろうか。だらしない生活をしていることがバレてはいないだろうか。無駄に長く立派な左手小指の付け根の下にある「結婚線」を信じている。いつかの運命を待っているなんて稚拙で無力だ。
夢見るところは子どもの頃から全く成長していないのに、子どもの頃に抱いた大人の女性にはなれなくて、今日も作り笑いからボロを出していろんな人に迷惑をかけて生きている。
例えば、世界中の人に愛想を振りまいていてもたったひとりを振り向かせられない未来が確定した時、私は『可愛い』を放棄して生きていく覚悟を決められるのに。コンビニで見かける化粧っけのないおばさんみたいになるのも楽なのかも知れない。
どうでもいい男から来る電報のようなラインに適当に返事を返して、これっきり連絡が来ませんようにと都合の良い願いをして私は今日の幕を閉じた。
「……SNSとは印象が違うね」
あからさまにガッカリされてしまい、つい私は目の前の男を殺したくなった。思っても言わなければいいのに、わざわざ口に出すってことは私のことをどうでも良く思ったか、よほどの馬鹿正直な人間のどちらかだろう。馬鹿で正直な人間が私は大嫌いだ。正直を美徳と扱い、無知故の行動を全て「仕方ない」でまとめて終わらせてしまい、自らの罪に全くと気づかない人間の鈍さに腹が立つ。
「そうですか……」
私は動じてない振りをして、男の目のまでわざわざ分かりやすく時間を確認する。
「そろそろ終電なんでこれ飲んだら帰りますね」
目の前の温くなったレモンサワー、こんなことならビールとかを頼めば良かった。
こんな男に借りを何一つ作りたくなくてお金をきっちり割り勘した。私を貶した男に驕られたくないプライドが私をまた新しいワンピースから遠ざける。
あーあ、あの新作のスニーカー、来月のお給料日を待っていたら、売り切れちゃうかな。
愛想笑いもせず手も振らずに帰った。最寄り駅のドラッグストアで無くなったボディークリームを買った。画面の中の憧れのあの人と何かが起こるわけないのに、今晩も私は荒れた部屋で私史上最高の可愛いを更新する。
可愛いは作れる、どこかのメーカーが出したキャッチコピーが何年も耳から離れない。
可愛いに取り憑かれている気分だ。今晩も眠たい中でちゃんとお風呂に入って身体にクリームを塗り込むのだろう。バカみたいだ。でもこれが楽しくてたまらない。女の子に生まれてよかったな。可愛いに侵攻されている毎日は最高に煌めいている。
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