加工七割チャンジャすまいる(短編小説)

まるでボタンの掛け違いみたいな恋だ。平成最後の夏にうっかり君と出会ってしまったから、僕のボタンは掛け違う。ひとつがズレると後は芋づる式にズレていく。いつでも引き戻せるなんて嘘だ。一度間違えたら、もう戻れない。君を知らなかった日々になんて一生戻れないように。

「いきなり言ってごめんね」

 何も言わない僕の顔を君は覗き込んだ。僕は無言になるのが怖くて、喉から声を引きずり出した。

「いや、大丈夫。ただ、驚いた」

 君は僕の喉仏が好きだと言った。その言葉の裏側に別の人を見ていたなんて知りたくなかった。

「……ごめんね」

 謝る君はどこかすっきりしたような面持ちで、僕はそれに苛ついた。君は僕のことなんて端から見えていなかったのだろう。君は想像していたのだろう。君の想い人が肩幅が広くて逞しい体付きで、喉仏があって、低い声で名前を呼ばれることを。

 一度だけ君と夜を過ごした時、愛おしそうに喉仏へキスをした。その時は意味なんて分からなかった。君の想いも、彼女の願望も、叶わない恋をする悲しみも快楽も。

 君は僕に対して何も遠慮しない。平気で生ビールばかり飲むし、ラインも全然返さないし、チャンジャも普通に食べるし。覚えてないだろうけどあの時言ったよね。

「あの子の前だとこういうの食べられなくて」

 僕の前だと親爺くさい居酒屋メニューを食べれるなんて、あの時少し心がかさついた時に引き返せばよかったのに。

君と出会う前に戻れればいいのに。

 チャンジャを頬張り、生ビールを煽る君はとても幸せそうで絶妙な気持ちになる。

 君の幸せそうな顔を見るのは僕の至福のひとつだけれど、僕を鈍器で殴ったみたいに衝撃を与えたのだから今その顔をするのはどうなんだい? 自分だけ心の内を曝け出してスッキリしたからって、自分勝手すぎるだろう。 

君はバイセクシャルで、好きな人は女の子で、僕と寝たのは気まぐれで。それでも僕の喉仏へキスした君を一生忘れられないだろう。 

君のツイッターアイコンのスノウで七割加工した笑顔より、チャンジャを頬張る加工していない君の方が僕は好きだ。

 素顔の君を愛せる自信があるのに。なんて言ったら、君はまた愛おしげに僕の喉仏にキスしてくれるだろうか。

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