指摘事項
リスク評価はとても大事、導入検討、設計では
「FDA査察がはいるんだ・・・」
牛尾は、トイレでQCマネージャの寺原と会うと、寺原が話しかけてきた。ネットワークドライブ撤去命令から2年が経っていた。
牛尾は
「大丈夫か?データインテグリティー、きっついもんな、、、対応終わったんだっけ?」
寺原は苦笑いしながら
「えぇ、、最低限できることは全てやってはいるので、なんとか認めてもらいたいところです。今は、お金かけないとできないことも、結構要求事項にされてたりしますけど・・そうだ、一度相談させてくださいよ。今度リスク評価の集まりがあるんで、参加してくれませんか?」
今は、ITからもGMPからも距離を置いた、いや、置くように命令された牛尾は、
「そうしてあげたいのは山々なんだけどさ、俺、その分野、出禁になってるんで、すまん」
と謝る。とはいえ、一時は一緒に苦労した仲間。トイレを出てから、一緒に廊下を歩きながら、
「システムはしっかりしてるんだろ?あとは運用がしっかりできてさえいれば大丈夫だよ。お前ならわかってるだろうし。自信持ってけよ。結構さ、ちゃんとデータがバックアップされてるか、って見られるらしいから、その辺はぬかるなよ」
とコメントする。
「その辺は、作り込んでもらってあります」
ん?作り込んでもらった?ってことは、情報システム部まかせか・・まさか。
「今の品証と情報システムの大将は、だれだっけ・・・川辺かぁ、、、」
ちょっとどんよりした気持ちがかすめた。。。でもまぁ、昔と違って、2ケタは多い予算平気で使ってるんだし、、、それでしっかりした業者つけれるんだから、、、お金にはかえらんないからなぁ、こればかりは。
「まぁ、金が使えるんで、だいじょうぶだろう。うらやましい限りだな。移行プロトコル文書とか、もれなくチェックしとけよ」
「あぁ、そうですね。確認しておきます。ありがとうございます」
「いつ?」
「3ヶ月後です」
「そうか、がんばれよ」
牛尾は、スクラッチからインフラの整備をした時から、一貫して「リスクベース」、本質を理解して、を植え付ける努力をしてきたつもりであった。なので、その当時の仲間がまだ残っているのだから、大丈夫だろう。なによりもう、自分には関係がないのだ。
そして、安岩産業に査察が入った。
クロージングミーティングで、査察結果が伝えらえる。
「メジャーな指摘事項があります。
電子データのバックアップです。
機器トラブルがあった場合に、すぐに保全されたデータからデータを戻すことができる環境であると示すことができませんでした」
寺原は頭が真っ白になった。いや、覚悟はしていた。査察官は
「本件について、何か誤解など、言い分があればお受けしますが」
川辺が何か言おうとするのを、隣席から寺原が肘打ちで止めた。小声で、「もうやめてください」、と押しとどめた、
そもそも今回の査察中何度も、川辺が得々として、とんでもない見当違いな説明をはじめたので、都度寺原は青ざめたのだった。
ラボツアー時には、バックアップからデータを読み出すことをやって見せるように質問されたところで、いきなり川辺が前に出てきてバックアップの仕様、リストアの方法を説明始めたのだった。その時のシーンが頭に蘇る。
===
査察官は辛抱強い。川辺の冗長で的外れな説明を聞き終わり、もう一度質問を繰り返した。
「バックアップは取られていることはわかりました。では、」
と、印刷された紙ファイルから一つをピックアップし、
「この分析結果を、バックアップから表示させてみてください」
すると川辺は、またしても答えにならない応対を始める。
「実際に壊れていないところでリストアをすると、本運用システムを壊すリスクがあります。別の環境に戻してお見せすることはできますので、後ほど、環境を用意いたしますので」
査察官は、噛み合っていないことをすぐに認識し、別のアプローチでくる。
「1日どの程度のデータ量になりますか?」
「日によりますが、500Mってところでしょうか?」
「ありがとうございます、では後で、準備ができたらおしらせください」
その場はそれで一旦区切り、次の査察場所に移動していった。なぜそこで区切るのか、寺原は不安がおしよせてきていた。
その後会議室に戻り、書類審査の途中で、また同じ質問がされた。
「先ほどの件ですが、リストアをしなければデータにアクセスできないのですか?」
「通常バックアップとはそういうものです」
うわ、また答えになってない、査察なんだから。しかもなんだ、その上から目線は。
が、査察官は百戦錬磨。何事もなかったように、続ける。
「リストア自体はどの程度時間がかかりますか?」
「データ量によりますが、今はまだデータが少ないので、数時間もあれば終了するかと思いますが」
「なるほど、早いですね。容量として何ギガくらいですかね」
「フルでも500ギガです」
「フルで500ギガですか。でも、記録保管期限は10年とのことでしたね?」
川辺は答えられない。沈黙する。寺原がひきとる。
「はい、そうです」
「1日500、ということは一年で100ギガですよね。5年しか入らないけど、どうするつもりですか?」
また川辺がしゃしゃり出てくる。
「圧迫してきたら増設すればいいんです」
ここまで穏やかに対応していた査察官が、ちょっと居住まいを正し、川辺に向かいぴしゃりという。
「あなたはGMP教育を受けていますね?」
慌てて寺原が答える。
「はい、教育はしています」
「でも、御社の保管ルール10年を知らなかった」
「・・・はい。教育訓練で、そこも含めていた記録が残ってはいますが、不十分でした」
寺原は認めざるをえない。川辺は
「確かに受けていますよ。急だったので思い出せなかっただけです」
「わかりました、それ自体はいいでしょう。でも、あなたが設計したのですよね。設計に対する要求事項には、保管期限とデータの増加による圧迫リスクを評価することが含まれています。ご存知だと思います。であるのに、保管期限がカバーできない設計をした、ということですね?」
今度は寺原はもとより、川辺も沈黙した。査察官は続けた。
「必要なデータはすぐに出せるようにしてください。特に、査察の時は、速やかに出せる態勢にしておくことが求められています。今のインフラではそれができませんよね?」
「・・・・・」
ぐうの音も出ない[注14]。
同じ議論が、とっくに牛尾とコンサルの熱川との間でされていた事を知る者は誰もいなかった。
===
寺原はふと、我に帰り、返答した。
「おっしゃる通りです。一点だけよろしいでしょうか?」
査察官はにこやかに
「どうぞ」
と答える。寺原は
「お話ししたいのは、ちょっとした弁明ですが、言い訳にはならないことは理解した上で、ご説明をお許しください。今回は初めてのシステム導入で、かつ、償却年数を4年と置いたことから、まずは最低限の4年をめどに設計をしました」
これは寺原はプロトコルにも書いた事実である。川辺は見ているはずだが理解はできていないことは把握はしていたので、教育不足と言われても受け入れるべきと認識はしていた。
査察官は
「それでは、そのどのプロトコルのどこに書かれているのか、見せてください」
寺原はファイルを開き、その部分を示す。
査察官は確認後、表紙も確認。
「この承認印は、あなたですね」
と寺原を見る。寺原は「はい」と首肯する。査察官は。
「わかりました。ありがとうございます。ちゃんとできているじゃないですか。先ほどのメジャーの指摘は撤回します」
寺原の顔が一瞬、ぱっとあかるくなったが、査察官が続ける。
「しかしながら、要員が、その業務に必要なスキルを確実にする、という部分、これは規格書の冒頭にかいてありますね。それに不備があったことは指摘せざるをえません」
それにしても、世界一流のシステム製品を、お金に物を言わせて導入しても、使う側がしっかりしなければ、全く用をなさない、という見本のような出来事だった。
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