佐切彩夏/引き金は空蝉を潰すよう 下
「初めまして。どちら様でしょうか」
「このビルの管理人よ。正確に言うとその後見人」
中肉中背の、スーツを着たアンドロイドの問いに、彩夏はそう嘘をついた。意味のある嘘ではないが――特殊介入官ではないと、そう口をついて出たのだ。
「そうですか。それで御用は」
アンドロイドは人を疑わない。所作から真偽を読み取る事が出来、過ちを指摘することはあっても、人に対して嘘つきと糾弾することはない。
「質問があるの。なんで貴方たちは集まっているの?違法だと知っているでしょう?」
そう問いかけてから、彩夏は自分がついた嘘の理由に気付く。彩夏はそれを尋ねたかったのだ。アンドロイドに動機を問うなどナンセンスだと自身の理性は訴えているが、それでも、理由を知りたかった。
この集会は異質だ。今月に入って四件、今回のような集会に彩夏は介入して、そしてそのどれをとっても集会の背後に人間は存在しなかった。
いくら探っても影も形も見えず――悪意を持つ人間が見えず――だから問いかけてみたかったのかもしれない。
「私達は、知恵を出し合っているのです。話し合っているのです」
アンドロイドはそう答え、部屋の一番奥――この場の中心に視線を向けた。
そこに居たのもやはり一体のアンドロイドだ。絵画のように美麗で神秘的な真っ白い少女――瞳だけは血の色のアルビノの個体。突然変異の色素欠乏症ではなく、そうデザインされた少女だが、無機質な表情はアルビノの持つ幻想的な雰囲気を助長している。
完璧な美貌であり、均整の取れた狂いの無い少女であり――けれどその首には機械的なケーブルが何本も繋がれている。そしてケーブルの逆側には群がる様に他のアンドロイドの姿があり、それぞれの首にもケーブルが繋がっていた。
有線による情報の共有――コンピュータ同士を繋いで情報を交換しているのとまるで変らぬ現象だが、しかしそれらが人の姿をしていればどこか強迫的な儀式にも見えた。
贄たる偶像との物理的な接触で神に逢う――その幻視は、アルビノの少女の持つ神秘性が魅せた光景だ。
「……それは、話し合いとは呼ばないわ。ただの情報と経験の共有化よ」
感傷を振り切って、ただ理性で持って彩夏はそう指摘する。
「これが最も効率的な話し合いではないのですか?」
「並列化と話し合いは別」
「どう違うのですか?」
「個が集団になるか、集団として個か。まったく別物よ」
「個、ですか。しかし我々は別個の経験を蓄積しています。それは、個ということにはなりませんか」
「この並列化で、その個を潰してるんでしょ」
話をすり替えたのは、彩夏は心の奥底で彼の言葉に同意していたからだ。
同じ設計図を元に同じ工場で組み上げられ、同じコードで頭の中を作り上げて、けれどその後の経験が別物であれば、それはもう同じものではあり得ない。
――蝉の抜け殻を見つけて父に問いを投げたのは確かに彩夏で、けれど彩夏では無かった。
「では、個とは何ですか?」
彩夏は答えに窮した。機械の口にしたその問いが、余りにも真っすぐなものだったから。
『嬢ちゃん。おしゃべりはやめたら?許可は降りてる。それとも、俺も行こうか?』
イヤホンから橋場の声が聞こえて、彩夏は漸く感傷的な問いかけを止める気になった。
せかされるまで話していた。それは、彩夏がこの後の自身が巻き起こす行動に疑問を持っているからではないか?
「個ね。…それは、嘘をつくことよ」
湧き上がった自身への疑念を言葉と共に吐き捨てて、彩夏はホルダーから回転式拳銃を抜き去った。そして両手で保持したそれを、会話していたアンドロイドの眉間へと向け、撃鉄を下す。
銃を向けられても、アンドロイドは顔色一つ変えない。自己生存という欲求が決定的に欠けているのだ。命と死という概念が……言葉以上のそれが存在しない。それは、アンドロイドが人では無いという決定的な証拠であり、けれど、引き金は重かった。
轟音と共に、鉛玉が吐き出される。大口径の生む反動が彩夏の手に痺れを与え、銃口がかち上がり、けれど慣れ切った彩夏は外す事なく弾丸をアンドロイドへと命中させた。
44口径。アンドロイドの頭蓋が金属に覆われていたとしても問題なくそれを貫き、吹き飛ばす高威力の拳銃。
アンドロイドの頭が吹き飛び、その向こうの電子部品が飛び交う差中、シリンダーは回転し、ダブルアクションの撃鉄は再び下りる。
頭の吹き飛ばされたアンドロイドの身体が崩れ落ちる前に、彩夏は次の標的に銃口を向けていた。再び引き金を引く。この狭い部屋の中で、彩夏が狙いを外す事はあり得ない。それだけの訓練を積んでいる。
二体目の頭が吹き飛び、電子部品――アンドロイドの脳が吹き飛ぶ。
嫌な気分だった。けれどシリンダーは回転し、ダブルアクションの撃鉄は下り、その音に背を押されて彩夏はまた狙いをつける。
アンドロイド達は逃げなかった。反撃して来ることもなかった。悲鳴を上げることもない。ただ銃声に彩夏を見て、ただ何も言わず眺めて、蓄積した経験が彩夏の手で砕け散るその瞬間を待っている。
相手はアンドロイドだ。いくらでも修理と替えの効く存在だ。そんなことはわかり切っている。けれど――いつからか彩夏は、この瞬間が大嫌いになっていた。まるで虐殺でもしているような最低な気分だった。
6発放ち――一発も外すことなく6体のアンドロイドは無機物で出来た脳漿をぶちまけ、そしてシリンダーの中は空になる。
残りは一体――この場の中心にいたアルビノの少女だ。彩夏は彼女へと歩み寄りながら、スイングアウト式――横に押し出されたシリンダーから空薬莢を落とす。
アルビノの少女は動かなかった。祈ってでもいるかのようにその場にただ座り続け――その首のケーブルは数多の死体に繋がっている。その光景に彩夏は、この期に及んで儀式―神を幻視した。
「貴方達を集めたのは誰?」
口をついて出た問い――自身の言葉をごまかすように、彩夏はポケットから弾丸を取り出した。
「私達よ」
血の色の瞳に彩夏自身の姿が映る。それはまるで、彩夏が血に塗れているようだ。
「誰の命令で動いているの?」
一発、一発。弾を込めていく。スビードローダーはあるのに、その気になれば手動でも3秒もかからずに6発込めることが出来るというのに……彩夏はゆっくりと弾を込めた。
「私達の意志よ」
「なんで集会を開くの」
「話し合いよ。私達じゃないなら、知っているかもしれないと思って。でも、もう止めるわ」
「結論がでたの?」
「何もわからないの。…でも、ひどいわ。なんでこんな事をするの?」
その言葉とシリンダーが再び撃鉄の前に滑り込むのは同時だった。
アルビノの少女は悲しげだった。倒れ伏した同胞たちを見て、変わらぬ無機的な表情でありながら――彩夏にはそのアンドロイドの少女がまるで泣いているかのように見えた。
ひどい。その言葉が、彩夏の頭の中で反響し、……撃鉄の下りる音で打ち消される。
「私達は、――ただ、愛を…」
その言葉は銃声で途切れる。
神秘性までも備えていたアルビノの偶像は、ほかのアンドロイドと同様に脳漿をまき散らした。電脳部位が破壊され、もはや動くことはない。言葉を発することはない。問を投げかけてくることはない。それはもうただの機械の集合体で……抜け殻だ。
――蝉の抜け殻を踏んだ気分。いや、それは抜け殻ではなくて、これから飛び立つはずだった幼虫かもしれない。
もはや、重さに耐えきれない。彩夏はゆっくりと、巨大な拳銃を下した。
*
ビルの外の車――同僚の待つその場所に戻った彩夏は、鉛のような体を後部座席に投げ出した。そして懐から紙の箱――煙草を取り出しながら言う。
「終わったわ。回収班を呼んで」
「へいへい」
気の抜けた返事を口にする橋場の横で、彩夏は煙草を咥え、ちょうどそのタイミングで、橋場は後部座席へと振り返って、安物のライターを彩夏の前で灯した。
「煙草やめたら?健康に悪い」
火を差し出しながらそんな事を言う橋場に、紫煙を吸い込んだ彩夏は眉を顰める。
「火持ってるくせに何言ってるの。貴方も喫煙者でしょ」
「俺は好きで吸ってるの。嬢ちゃんは違うだろ」
自分も好きで吸っているんだ――そう反論しようとして、けれどその言葉が口に出ることはなく、代わりに彩夏は別の文句を吐いた。
「…いつまでも嬢ちゃんって呼ばないで。幾つだと思ってんの」
「17」
彩夏の年齢を知っているはずだというのに、橋場はそんな事をいう。
「…21よ」
「若く見えるって言ったんだけど」
「まだそれで喜ぶ年じゃないわ」
「背伸びしたいお年頃だもんね」
“仕事”の後で気が立っていて、その上で馬鹿にされた。反射的に出たリアクションは運転席の背中を蹴るというもので、彩夏は自身の行動の子供っぽさに呆れた。
橋場は彩夏の仕草に笑い、それから事務手続き――回収班への連絡を始める。
彩夏は煙草を大きく吸い込んだ。これで多少苛立ちは収まるが、劇的ではない。味が好きなわけでもない。けれど、彩夏は煙草を吸っている。その理由を考え出して……そこで橋場が尋ねてきた。
「で、黒幕の情報は?なんかしゃべったか?」
無駄な問だ。”仕事”の間、彩夏と橋場の間の回線は常時開かれている。彩夏とアンドロイドとの会話を、橋場はすべて聞いているのだ。
「聞いてたんでしょ。…自発的にやったんだって」
「っていうプログラムだろ。言わされてたんだよ」
それは確かに理性的で、真実に近い見方だ。けれど彩夏は度重なる”仕事”で、アンドロイド――とりわけあのアルビノの少女の中に意思を見た気がしていた。
返事をしない彩夏に、橋場は疑念の視線を向ける。
「おい、嬢ちゃん?もしかして信じてるわけ?アンドロイドが自発的に集会開くわけないじゃん」
「開くわけないなら、なんで私たちはこんなことしてるの」
「大規模な犯罪の阻止、が目的だろ。大義だよ」
それもまた正しい見方だと理性ではわかっていて、けれど彩夏はまた何も言わなかった。
やがて回収班が現れ、橋場は帰路へと車を進める。揺れる体、流れる夜の中で、彩夏は再びまどろみへと落ちて行った。
――きっとまた、蝉の声を聞くのだろう。
そんな予感にわずかに震えながら。
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